2016年に開催された、「第6回ポプラズッコケ文学新人賞」にて大賞を受賞した作品『うたえ!かんたーた』(応募時タイトル)。本作品は那須正幹さんから「経験したことのない人にでも、物語を通して合唱の楽しさがよく伝わってきます。また、主人公も所属する合唱団の個性豊かなメンバーが手を取り合ってハーモニーを生み出し、子どもたちが主体となって問題解決にあたっている姿が描かれています」と高く評価され、2017年6月に『夏空に、かんたーた』として刊行されました。
「第6回ポプラズッコケ文学新人賞」大賞受賞作の『夏空に、かんたーた』。小さな合唱団で歌う女の子と仲間たちが、一人一人の“ハーモニー”をひとつに積み上げ、合唱の楽しさを伝えていきます
そしてその刊行を記念して、7/22には作者の和泉智さんと、「第6回ポプラズッコケ文学新人賞」にて特別審査委員を務めた那須正幹さんとのトークショーが開催されました。トークショーでは那須さんや和泉さんの制作秘話や、和泉さんの『夏空に、かんたーた』に対する思いなどが語られました。また、トークショーの最後に那須さんは「子どもは勉強ばかりではなく、しっかり遊ばないといけません。遊びの中でも勉強になることがたくさんあります。子ども時代は誰かの思惑なんて気にせずに、自分のエゴを通して相手とぶつかり合い、あらゆることを学んでいってほしいですね」と、子どもたちへのメッセージをくださいました。
7/22には神保町・ブックハウスカフェにて、トークショー「今、物語を紡ぐ~"作家になる”ということ」を開催。那須正幹さんと和泉智さんが、物語に対する思いや制作秘話を語ってくださいました
さらに今回は作者の和泉智さんに、『夏空に、かんたーた』制作時の秘話や創作の原点、作品に込めた思いについて、お話をお伺いしました!
『夏空に、かんたーた』の著者・和泉智さんは、本作がデビュー作。和泉さんの誠実さと純粋さが物語には存分に込められています
──この度は「第6回ポプラズッコケ文学新人賞」大賞の受賞、そして『夏空に、かんたーた』の刊行と、誠におめでとうございます! 大賞を受賞してから特に変わった点として、“先生”と呼ばれる機会が増えたかと思います。初めて、“和泉先生”と呼ばれた時の印象はいかがでしたか?
和泉さん──ありがとうございます。賞をいただいてから、たくさんの方から“先生”と仰っていただいていますが、やはりちょっと緊張してしまいますね。何か偉いことをしたわけでもないのに、“先生”と呼ばれてもいいのかしら?と思ってしまいまして(笑)。でも今は、時代小説に出てくるような用心棒も“先生”ですし、私も“先生”で良いんだと、気が楽になりました。
──“先生”と呼ばれると、作家の仲間入りを果たしたと強く実感できますよね! 和泉さんのデビュー作『夏空に、かんたーた』を執筆された際には、苦労された点や特に注意された点はあったのでしょうか?
和泉さん──苦労した点ですと、主人公かのんのお母さんを書くときにはちょっと手こずってしまいましたね。放っておくと、彼女はどんどんどんどん自分で行動しだしてしまうので、『夏空に、かんたーた』は子どもが主役の物語なんだからと、彼女を抑えるのが大変でした(笑)。ただこの作品を書き始めた時に、大人がちゃんとキャラクターとして“生きていない”環境では子どももちゃんと“生きられない”だろう、というのが私の中にあったんです。ですので、大人の登場人物をまずはしっかり作り込んでから、子どもたちを活躍させていく。そういった点も「ポプラズッコケ文学新人賞」では、評価していただけたのかなと思っています。
トークショーでは、那須さんが改めて『夏空に、かんたーた』の選評も発表。和泉さんの作品の良さについて語ってくださいました
──かのんのお母さんや物語の鍵となる慎治おじさんなど、個性的な大人たちの誕生には、子どもを“生かす”ための背景があったんですね! 他にも『夏空に、かんたーた』はとてもテンポよく読み進めることができる文体も魅力の一つだと思いますが、和泉さんが執筆するにあたって影響を受けたという作品はありますか?
和泉さん──執筆をしている際は特にどの作品を意識したということはありませんが、新井素子先生が描かれる文章のリズムからは影響を受けていると思います。私はもともとSFやファンタジーと呼ばれるジャンルが好きでして、中でも新井素子先生の『星へ行く船』やタニス・リー先生の『白馬の王子』などを読ませていただいていました。
それから小説を書こうと思ったきっかけも、雑誌コバルトの新人賞募集を見て、当時掲載されていた憧れの作家先生と同じ誌面に載れるチャンスがあると思ったから(笑)。実際に小説を書き始めたのは高校生からになりますので、『夏空に、かんたーた』は今までに出会った素敵な作品や先生方の影響が出ているかもしれないですね。
──大好きな作家先生方と共演したいという夢が創作の原点だなんて、とても素敵ですね! 和泉さんには娘さんがいらっしゃいますが、ご自身の書いた作品についてお子さんからはどんな感想をいただいているのでしょうか?
和泉さん──『夏空に、かんたーた』以前に書いた作品については、子ども向けではなく大人向けの作品を書いていたので、実は娘たちには読ませていないんです。でも娘たちが本に興味を持ちだした時に、読みたがるような作品を1本は書いておきたい。そう考えてプロットを立てたのが、この「夏空に、かんたーた」です。
そうしてこの作品の執筆にあたったわけなのですが、進めていく中で自分ではどうしてもうまくいかないなって思うことがありまして……いったんボツにして、最初から書き直そうって考えた時もありました。その時に「途中まで書けたけど読んでみる?」と、当時小学5年生だった娘に渡してみたんです。そしたら「お母さん、このお話面白いよ。続き書いてほしい」と言われまして、それで肩の力が抜けたと言いますか、このままで良いんだと思えるようになりましたね。今では最後まで書き通せたのは、娘からの一言が大きかったと感じています。
トークショーの最後には那須さんと和泉さんが子どもたちへのメッセージを贈ってくださり、大盛況のうちに幕を閉じました
──作品の完成には、娘さんの存在が欠かせなかったのですね。『夏空に、かんたーた』には、女の子らしい服装が苦手なかのんや変声期を迎える奏太など、大人の世界に少し足を踏み入れる繊細な年ごろの登場人物が出てきます。彼らの悩みを描くうえで意識されたことはありますか?
和泉さん──どの点も常に意識はしていましたが、一番はキャラクターの一人一人がこういう格好がしたい、こういう歌い方がしたい、こういう風に行動したい、という思いを誰も否定しない世界へと突き詰めていったことです。今回の作品は現実世界が舞台ではありますが、どちらかというと絵空事に近いような世界だと思うんです。それでもリアルに感じてもらうために、「正直」であることにはこだわりたいと思いました。そのために、かのんのお父さんが作るお料理をいかにおいしそうに書くか、今のは代表例ですが、そういう何気ないシーンの細部に対してリアリティーを持たせていこうと心掛けていました。
──キャラクターに共感しやすく、物語に入り込みやすい『夏空に、かんたーた』の裏には、和泉さんの誠実な思いと工夫が詰まっていたんですね! それでは最後になりますが、『夏空に、かんたーた』を手に取る読者の方へメッセージをお願いします。
和泉さん──『夏空に、かんたーた』は、自分らしくあってほしい。自分の大好きなものに一生懸命になってほしい。そう感じてくださるような最後に仕上げましたので、そこを特に注目して読んでいただきたいなと思います。
それからお子さんが本を読んでいる時には、親御さんも自分の読みたい本を読んでほしいと思います。私も子どもに言われない限りは、子どもの本は読まないです(笑)。でも親が全然本を読まないのでは、子どもは興味を持たないのではないでしょうか。親が本を読んでいる姿を見れば、自然と子どもも本を手に取るようになると思いますので、親御さんにもぜひご自身の好きな本をたくさん読んでいただきたいですね。
──和泉さん、ありがとうございました。
文=椋鳥
- 那須正幹 (ナス マサモト)
- 1942年、広島に生まれる。島根農科大学林学科卒業。作品に、大ベストセラー「ズッコケ三人組」シリーズ全50巻(巌谷小波文芸賞)、『さぎ師たちの空』(路傍の石文学賞)、「ヒロシマ」三部作(日本児童文学者協会賞)ほか多数がある。現在山口県在住。
- 和泉智 (イズミ トモ)
- 1968年生まれ。広島文教女子大学文学部を卒業後、会社勤めを経て、現在、丹沢山麓で農業・子育てのかたわら、趣味の歌とお話作りを楽しむ。5年生だった娘と競作したプロットを元に執筆した本作(応募時タイトル『うたえ! かんたーた』)で、「第6回ズッコケ文学新人賞」大賞を受賞。
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