▲左)『あっ ごきぶりだ!』 右)篠原かをりさん
慶應義塾大学大学院に通いながら、作家として活躍、またテレビ『世界ふしぎ発見!』のミステリーハンターとして、お茶の間にも広く知られている篠原(しのはら)かをりさん。なんと過去に400匹以上のゴキブリやタランチュラの飼育経験があるという、生粋の生物好きです。
そんな篠原さんにひと足先に絵本
『あっ ごきぶりだ!』を読んでもらい、ゴキブリをテーマにコラムを書いていただきました︕
――彼らは孤独なのだろうか。それとも彼らにも家族や友人がいるのだろうか
ゴキブリと対峙する時、私たちは家族でいるかもしれない。あるいは、友達や恋人、職場の人や全く知らない人と一緒にいるかもしれない。一対一でゴキブリと向き合うこともあるだろう。大抵の場合、ゴキブリは一匹で私たちの前に現れる。テラテラと光る薄い翅と長い触角をたなびかせ、単騎で乗り込んでくる。彼らは孤独なのだろうか。それとも彼らにも家族や友人がいるのだろうか。
「一匹見たら百匹いると思え」という言葉がまことしやかに囁かれるように実際に百匹いるかどうかは未知数だが、その可能性は大いにあるだろう。ゴキブリは基本的に孤独とは遠い昆虫で、ゴキブリあるところにゴキブリの家族ありと言える。まず、集団の維持のために分泌されるフェロモンに対する極めて鋭敏な感覚細胞を持っているから、仲間の匂いを敏感に嗅ぎつけて集まることができるし、集団が過密になれば、自己判断で別の集団を選ぶこともできる。コロニーには様々な生育段階の個体が混在しているし、雌だけの集団でそれぞれ単位生殖を行うこともある。
――ゴキブリにおける多様な集団の在り方
卵が孵化したその日から孤高に生きることを運命付けられていることが多い昆虫類の中において、ゴキブリはかなり異色な存在だ。勿論、アリやハチのように血縁関係によって形成された巨大社会を生きる昆虫もいるし、群れになって移動する蝶や、身を寄せ合って冬の寒さを耐えるテントウムシもいる。しかし、ゴキブリほど様々な形で集団を作る昆虫はいないと思う。
クチキゴキブリの家族愛は強烈で熱情的だ。つがいになった雌雄のゴキブリは互いの翅(はね)を食らいあう。繁殖時に雌が雄を食べる例は他にもあるが、一部とは言え、互いに食い合う例は現在のところ、このクチキゴキブリしか確認されていない。この目的は完全には解き明かされていないが、つがいで定住し、共闘して子育てを行う生態を見ると覚悟の表れのように思われる。ねずみ算式に増える早熟なゴキブリのイメージからすると意外な印象を受けるだろうが、クチキゴキブリの子供はこの両親の庇護の元、数年間かけてゆっくり大人になる。
そして、ゴキブリ界最大の家族といえば、外せないのがシロアリである。何を隠そう、シロアリはアリではなく、ゴキブリに近い仲間なのだ。偶然アリに似た姿で似た生態を持っているためにシロアリと名付けられた昆虫である。アリやハチと違うところは、王シロアリを含む雄シロアリたちのコロニーにおける存在感である。アリやハチはほとんど雄不在の社会で生きている。女王の配偶者となる雄は繁殖と共に命果てるし、働きアリも働きバチも全て雌であり、女王の子孫である雄が表舞台に現れるのもやはり繁殖シーズンだけだ。だが、シロアリは姿こそよく似ているけれど、王は長寿を誇り、働くものは雌雄を問わない。
一匹のゴキブリを見たら、まずは一呼吸して百匹の家族に思いを馳せて欲しい。
- 篠原 かをり (しのはら かをり)
- 作家。1995年横浜生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院在学中。幼少の頃より生き物をこよなく愛し、自宅でネズミ、タランチュラ、モモンガ、イモリ、ドジョウなど様々な生き物の飼育がある。これまでに『恋する昆虫図鑑~ムシとヒトの恋愛戦略~』(文藝春秋)、『LIFE―人間が知らない生き方』(文響社)、『サバイブ<SURVIVE>-強くなければ、生き残れない』(ダイヤモンド社)、『フムフム、がってん!いきものビックリ仰天クイズ』(文藝春秋)、『ネズミのおしえ』(徳間書店)などを出版。また「世界ふしぎ発見!」「有吉ジャポン」など、テレビやラジオで活躍。雑誌連載や講演会も積極的に取り組んでいる
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