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【後編】『ノー・ディレクション・ホーム ボブ・ディランの日々と音楽』刊行記念 特別対談 菅野ヘッケル氏×藤脇邦夫氏

2018年6月に刊行された『ノー・ディレクション・ホーム ボブ・ディランの日々と音楽』の刊行を記念して、菅野ヘッケルさんと、藤脇邦夫さんのお2人に語り合っていただきました。前半では、日本におけるディラン本の変遷が語られましたが、後半ではいよいよ、最新作「ノー・ディレクション・ホーム」について語られます。



これが最後の、そして究極のディラン本だよ 
――菅野ヘッケル氏

「全詩集」「自伝」と来て、この「ノー・ディレクション・ホーム」でベスト3ですね 
――藤脇邦夫氏


ポール・ウィリアムズの「瞬間の轍」

90年代以降でめぼしいディラン関連書を拾っていくと、「瞬間の轍 1~2」(ポール・ウィリアムズ 音楽之友社 1988)がまず挙げられますが、これは「アウトロー・ブルース」(晶文社 ポール・ウィリアムズ 1972)の著者によるものですね。

菅野 1~2巻までしか翻訳されていないけど、3巻目もあって、僕個人としては、この本がディラン研究書の中では一番好きだね(ポール・ウィリアムズは2013年死去)。

藤脇 僕も「アウトロー・ブルース」の中のディラン論には感銘を受けました。あそこまで書いて、読むことのできるロック評論は画期的だったと思います。その評論が掲載されたロック・ファンジン「クローダディー」誌と、69年創刊の「ニュー・ミュージック・マガジン」は創刊号から提携して、毎号訳出していたぐらいです。米ローリングストーンの創刊(67年)から少し遅れて、日本でもロックジャーナリズムが少しずつ形成されるようになったわけで、その中でも、ディランは、編集長の中村とうようが創刊以前からディランのライナー・ノーツを書いていたので、同誌の中でも、ディランの扱いは特別だったように記憶しています。
それと、「ボブ・ディラン全詩集 1962-2001」(ソフトバンク 中川五郎・訳 2005)がディランの詩集としては現時点では最新ですが、これ以降もディランは作品を発表し続けているので、最終的な詩集の完結はいつになるかわからないですね。

菅野 僕としては、晶文社版の片桐ユズル訳とソフトバンク版の中川五郎訳を読み比べてほしいね。その微妙な違いがわかると思う。

藤脇 ディランの詩の解釈については、前述の二冊の本が見逃せないものですが、マイケル・グレイの本について、補足しておくことがあります。この本にはディランの作品歌詞が大量に引用されていますが、これはディラン側が了解しないとあり得ないことで、当時としては相当な譲歩というか、ありえないほどの寛大な許可です。なにしろ、普通にディランの歌詞の引用の手続きをすると、一行について100~200ドルかかるという噂もあったほどで、逆に言うと、この本はある程度、ディラン側の理解を得ることができたから、刊行できたともいえます。ジョン・ハードマンの本もそうだと思いますが。

唯一の公認された評伝「ノー・ディレクション・ホーム」

菅野 その意味でいうと、評伝のジャンルで、ディラン自身の全面的な協力というか、公認ということで書くことができた唯一の本が、今回の「ノー・ディレクション・ホーム」だよ。

『ノー・ディレクション・ホーム』
▲『ノー・ディレクション・ホーム』

藤脇 まさにそのとおりで、この本はディランとロバート・シェルトンとの関係がないとあり得ない本です。著者のロバート・シェルトンは、61年に、まだレコードが出ていないにも関わらず、グリニッヂ・ビレッジで歌っていた無名のディランの存在を記事にした、当時ニューヨーク・タイムズ紙の音楽担当記者です。

菅野 フォーク・シーンを取材していてたまたま聴いたのか、誰から勧められて聞きに行ったのかどうかは不明だけど、とにかく、まったく無名のシンガーを権威のある高名な全国紙が紹介するというのは普通では考えられない。

藤脇 日本では60年代初頭のニューヨーク・タイムズというメディアの存在の大きさがなかなかわからないかもしれないですね。日本でいうと、単に朝日新聞に紹介記事が掲載されたのとも違うというか、そうだとして、全国新聞に、レコードも出ていない、ライブ・ハウスで歌っているだけの無名の歌手を紹介する記事が掲載されることはありえない。今でもそうですが、この時代だったら、さらにあり得ないことでしょう。

菅野 だけど、とにかくシェルトンは、ディランに何らかの可能性を見出した。そして、書いた。まだ無名だったディランにとって、これほどの絶対的な信頼はなかったと思うね。

藤脇 この本で分かったんですが、そのニューヨーク・タイムズの記事は、ディランのファーストアルバムの裏面にそのまま掲載されていますが、それ以外にこのレコードに収録してある曲についての解説-いわゆるライナー・ノーツも掲載されていまして、これを書いた「ステイシー・ウイリアムズ」って誰なのかと思っていたら、何と、シェルトンのペンネームなんですね。つまり、このファーストアルバムについてはシェルトンがすべて書いていることになる。ディランが感謝するのも当然でしょう。
ディラン伝説の一つとしてよく知られていることですが、この記事が出たその日、キャロリン・へスターのレコーディングに参加したディランに、CBSコロムビアのジョン・ハモンドがその場でレコーディング契約を持ち掛けたわけですから。すべては、この記事から始まっているわけで、この本に全面協力する下地はまさにここにあるといっても過言ではないですね(註-4)。

菅野 それと、この時期、実際シェルトンはディランと行動を共にしていて、同時代のその場所にいたものでないと書けない臨場感というかリアリティがある。

藤脇 その点もこの本の特長の一つで、前述のアンソニー・スカデュトの評伝はディラン側の協力は得たものの、後で取材、追跡調査したもので、時代の鮮度という点ではやはりシェルトンの本には適わないところがあります。



なんと本人が書いてしまった!「ボブ・ディラン自伝」

その後に出たもう一つの評伝「ダウン・ザ・ハイウェイ」(ハワード・スーンズ 河出書房新社 2002)は完全な後追い世代のリサーチによるもので、従来では見逃されていた、マネージャー、アルバート・グロスマンに関わるミュージック・ビジネスの部分とか、プライベートのゴシップ的な要素もあって興味深いものですが、このシェルトンの本は同じ評伝でも、それらとは違うところに位置している本といえるでしょうね。

菅野 「ダウン・ザ・ハイウェイ」と「ノー・ディレクション・ホーム」は評伝といっても、その在り方が全く違うからね。でも、シェルトンの本がまだ翻訳されていなかったから、「ダウン・ザ・ハイウェイ」で分かったことがかなりあったはずだと思うけど。

藤脇 「ダウン・ザ・ハイウェイ」に代表される評伝のジャンルで、その第一次資料といわれていたのが、いうまでもなく今回の「ノー・ディレクション・ホーム」なのですが、先に邦訳されていたら、これを入れて、自伝、詩集に次いで、これでベスト3になっていたかもしれません。86年に出た「ノー・ディレクション・ホーム」の最初の原書の記述対象期間は78年前後までなので、評伝の範囲は「ダウン・ザ・ハイウェイ」とこの本でほぼカバーできたんじゃないでしょうか(註-5)。映像による評伝ということでは、テレビ放映され、DVDにもなった「ノー・ディレクション・ホーム」(2006)は当然欠かせませんが。
そして、2005年にまさかの本人による自伝「ボブ・ディラン自伝」(ソフトバンク)が刊行され、全世界的なベストセラーとなり、日本翻訳版もディランの本の中では最大のセールスを記録したのはまだ記憶に新しいところです。

菅野 ところで、二巻目はいつ出るんだろうね(笑)。

藤脇 他のディラン関連本としては、ロビー・ロバートソンの自伝が間もなく日本でも刊行されるので、残りとして期待したいのは、ビートルズにおけるブライアン・エプスタイン(既に決定版的な評伝がありますが)的な存在でもある、マネージャーだった故アルバート・グロスマンの評伝あたりですね。元恋人スーズ・ロトロが自伝を残してくれたのは僥倖というべきでしょう(「グリニッジ・ビレッジの青春」スーズ・ロトロ 河出書房新社 2010)。

菅野 スーズ・ロトロはこの本を書いてから二年後に死去しているから、ギリギリ間に合ったということになるね。

藤脇 この回想録もヘッケルさんの訳で刊行されていますが、抑制のきいた素晴らしい文章で、ディラン関連の人物の自伝としてはベストといっていいものです。僕が考えるに、残るのは、ディランの長年の友人であるボブ・ニューワースか、元PPMのピーター・ヤーローと、ジョン・ハモンドの息子であるジュニアによる交友録だけではないでしょうか。

菅野 元妻のサラ・ラウンズは書かないかな。離婚以後は消息不明らしいね。

藤脇 ディランより二歳年上ですから、ジュディ・コリンズと同い年で、もう80歳近くになりますが。

ながらく邦訳が待たれた「最後のディラン本」

いろいろと話してきましたが、現在最新のディラン本として刊行されたのが、今回の「ノー・ディレクション・ホーム」です。ディラン自身が珍しく取材に協力した、本人公認の唯一の著作であることで、同時代史の中でのディランについてこれ以上の本はなく、「最後のディラン本」として、シェルトン自身が95年に死去したこともあり、ながらく邦訳が待ち望まれていたものです。

『ノー・ディレクション・ホーム』の原書(左)と日本語版
▲『ノー・ディレクション・ホーム』の原書(左)と日本語版

菅野 僕がソニー時代の80年代に三浦久に依頼して翻訳を進めていたけど、途中で翻訳が滞ってしまって、契約を更新している間にそのままになってしまったんだ。

藤脇 僕もヘッケルさんに言われて、一時検討したことがあるんですが、分量的にも膨大なので、どうかなと考えているうちに、グリール・マーカスの「ライク・ア・ローリング・ストーン」(グリール・マーカス 菅野ヘッケル・訳 白夜書房 2006)が出たので、こちらをヘッケルさんにお願いしたんです。
ディラン関連の本をいろいろと翻訳されてきたヘッケルさんですが、この「ノー・ディレクション・ホーム」はディランの本の中でどういう位置を占めていることになりますか。

菅野 いい意味でのジャーナリストの視点で書かれているところが、この本の特長のひとつだろうね。

藤脇 新聞記者は主観ではなく客観的に描くことを第一に要求されるといわれますが、その視点を最大限に発揮して、さらに、直接取材したディランの当時の空気感がそのまま収録されているところが画期的です。その部分は、ニュースの一部を切り取ったようなものですからね。

菅野 確かに同時代者としての観察の部分が読みどころでもあり、この本の価値の一つだろうね。だから、ディランは当時、取材もシェルトン以外は積極的に応じていないし、シェルトンにしか語っていないことがある。そう読み取れるところが出色だね。この本でないと読めない部分だから。



藤脇 そこまでの稀少性は、数あるディラン本の中では珍しいですね。また、やはりジャーナリストらしく、当時の他の文献(新聞、テレビ、ラジオ、雑誌等)をふんだんに紹介しているところも、当時のディランはどのような存在だったかを知る端的な資料として貴重だと思います。
 さらに、何といっても、この本のハイライトの一つは65年、ツアーの真っ最中に、いつ寝ていたんだろうというあのハードスケジュールの中、飛行機の中でしかも真夜中に、シェルトンがディランに取材するシーンです。まるで、映画の中のワンシーンで、ここは読んでいて興奮しました。

菅野 ここでディランはかなりの部分でシェルトンに本音を漏らしている、しかも肉声でね。僕も初めて知ることがかなりあった。だから、この本は、ディランのデビューから78年までの、特に60年代のディランを知るには不可欠の、そして唯一の文献だろうね。

藤脇 僕も同意見で、「全詩集」「自伝」と来て、この「ノー・ディレクション・ホーム」でベスト3ですね。これが出たことで、ハワード・スーンズの本はこの本の補完資料という位置づけになったかもしれません。少し日本で訳出されるのが遅かったかもしれませんが、まあ、「出し遅れた証文」が出てきたということで、今から読んでも、この本の価値が古びることは全くないと思います。

菅野 逆に今こそ読まれるべき本なのかもしれない。少し、日本版の刊行が遅れた分、それまでの伝説、噂とかを一蹴して補完する部分がこの本には数多くある。だから、これが最後の、そして究極のディラン本だよ。




註ー4)当時の関係者としてはもう一人大物がいて、ディランの発掘者、CBSコロムビアのジョン・ハモンドが自伝「ジャズ・プロデューサーの半世記」(原書は77年 スイング・ジャーナル社 83年)でディランについて一章を割いている。ミュージック・ビジネス的な観点ではさらにもう一人、67年にCBSコロムビアの社長になったクライブ・デイビスがいる。有名な「インサイド・レコード・ビジネス」(原書は75年 スイング・ジャーナル社 83年)の著者で、最新決定版回想録は「The Soundtrack of My Life」(2012 Simon & Schuster)   
註-5)番外編でとして、「歌が時代を変えた10年 ボブ・ディランの60年代」(シンコー・ミュージック 2001)を、60年代における、ディランの作品と時代との関係について書かれた、このジャンルの代表的な著作として挙げておく。60年代史の中でのディランについては、音楽関係以外の分野でもかなりの研究書があり、邦訳された中では「人物アメリカ史(下)」(R・ナッシュ 新潮選書 1989)が、当時のディランの位置をよく伝えている。


プロフィール

菅野ヘッケル (スガノ ヘッケル)
1947年生まれ。63年に初めてボブ・ディランの「風に吹かれて」を聞き、瞬時に虜となる。70年にICUを卒業しCBS・ソニー(現ソニー・ミュージック)に入社。10年間ディラン担当ディレクターをつとめ、78年にライヴアルバム『武道館』を制作。86年に独立し、セヴンデイズを設立。74年にシカゴで初めてコンサートを生で体験して以来、いままでにディランのショーを280回以上見ている熱狂的ファン。現在もディラン関係の翻訳やライナーノーツを執筆。主な訳書は『ボブ・ディラン自伝』、『ダウン・ザ・ハイウェイ−−ボブ・ディランの生涯』など。東京在住。

プロフィール

藤脇邦夫 (フジワキ クニオ)
1955年広島県生まれ。大学卒業後、専門学校、業界誌を経て、’82年出版社入社。2015年定年退職。著書に『仮面の道化師』(弓立社)、『出版幻想論』『出版現実論』(ともに太田出版)、『出版アナザーサイド』(本の雑誌社)がある。


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