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ひとは何故、物語を紡ぎ、 読みたがるのかを突きつける大作/倉数茂『名もなき王国』書評:千街晶之(ミステリ評論家)



「物語を必要とするのは、不幸な人間だ」とは、皆川博子の『薔薇密室』に出てくる言葉である。文才に恵まれず、物語を紡ぎたくても紡げない人間もいることを思えば、小説家の才能とは呪いと祝福の両面を持つとも言い得るだろう。
 倉数茂の新作『名もなき王国』は、そんな物語の呪いと祝福(作中では「物語という病」と表現される)で溢れ返った作品だ。著者は二○一一年、田舎町で奇怪な事件に巻き込まれる少年たちを描いたジュヴナイル・ミステリ『黒揚羽の夏』でデビュー。その後、女性だけがコミュニティを形成している孤島を舞台にしたファンタジー小説『始まりの母の国』と、デビュー作の続篇『魔術師たちの秋』を発表している。
 序章で紹介される通り、本書には三人の小説家が登場する。まず、著者の「私」。若手作家の澤田瞬。そして、十数年前に世を去った伝説の幻想作家・沢渡晶だ。
 五十路を間近に控えた「私」は若手作家の集まりに顔を出し、話題について行けずに居心地の悪い思いをしていた。そこで、やはりその場に馴染めない様子の澤田瞬に声をかける。二人は意気投合するが、意外にも、瞬は「私」が話題に出したマイナー作家・沢渡晶のことをよく知っていた。それもその筈、沢渡晶、本名澤田晶は彼の伯母だったのだ。
 忘れられた幻想作家である彼女は、序章にあるように倉橋由美子や高橋たか子、吉行理恵といった女性作家と同世代として描かれている。医師の娘として外地で生まれたという点は、皆川博子を想起させる。だが、イメージ的に最も近いのは、世代はかなり上になるけれども野溝七生子だろう。戦後三十年近くを新橋第一ホテルで過ごし、孤高の晩年を送った野溝のように、沢渡晶も隠者のような晩年を送ったという設定だ。とはいえ彼女の生活は完全に孤独なものではなく、屋敷は少年時代の瞬をはじめ、近所の子供たちの遊び場となっていた。
 本書では、沢渡晶の作品である中篇「燃える森」と四つの掌篇をはじめ、幾つかの作中作が紹介される。例えば一種のSF「かつてアルカディアに」は澤田瞬の作品であり、「ひかりの舟」は、瞬の話をもとに「私」が執筆した小説である……と、序章では言及される。
 だが、「燃える森」の内容は、幻想作家として紹介される沢渡の作風に反し、他の章で紹介される彼女の経歴と照らし合わせても、あまりに私小説的ではないだろうか。実際、後に「燃える森」は彼女が作風転換する前の若書きであると説明されるのだが、この作中作をはじめ、本書の各章は一見バラバラな内容ながら、実は似たモチーフが変奏され続けていて、フラクタル構造を成しているようでもある。
 私小説的というなら、「私」の主観で描かれる章の多くもそうである。作中に登場する「私」の経歴は、教鞭を執っていた中国から帰国したことや、これまでに三冊の小説を発表していることなど、著者自身のそれをある程度なぞっているのは明らかだろう。本書のフラクタル構造は読者のいる現実をも巻き込んでいる。
 最終章「幻の庭」の後半になると、探偵の「私」がある女性から、半年前に死んだ夫からメッセージとともに送られてきた薬のようなものの正体を突きとめるよう依頼されるという、ポール・オースターの「ニューヨーク三部作」か安部公房の『燃えつきた地図』さながらの幻想的ハードボイルドが繰り広げられる。ここまで来ると、本書に残されたページは僅かだ。どう着地するのかはこの段階でもまだ見えてこないのだが、結末まで到達すると、これまで語られてきた物語の背景に潜んでいた悲痛な事情が明らかになる。
 だが、果たしてそれは「明らかになった」と言っていいのだろうか。その事情のみならず「私」と妻をめぐるさまざまな出来事も、「私」の全くの空想ないし妄想でないと誰に言い切れるのか。最後に明かされる「事実」で一瞬腑に落ちた気にはなっても、それが確定的な解釈とは言い切れない点は、ある種のアンチ・ミステリの読後感に似ている。
 翻って、物語という病に憑かれた小説家として、最後に浮かび上がるのは「私」でも澤田瞬でも沢渡晶でもなく、本書の著者である倉数茂そのひとなのだ。作中の「私」がこの物語を執筆した理由は、ある意味わかりやすい。だが、著者自身は何を思ってこの錯綜した長大な物語を紡いだのか。その疑問は、読者の中に永遠の謎として残るだろう。
 本書は著者のこれまでの作品を想起させる要素もありつつ、より眩惑的な構成で読者を踏み迷わせる大作に仕上がっている。ひとは何故、呪われたように物語を紡ぎ、物語を読みたがるのか――その問いを、本書は読者に突きつけてやまない。

プロフィール

千街晶之 (センガイ・アキユキ)
ミステリ評論家。著書に、『幻視者のリアル』『読み出したら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』などがある。

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