
「アシスタントはしごくもの」という風潮がぼくが若い頃にあった。しごきには松竹梅があって、怒鳴るぐらいのことはもう日常茶飯事だ。スタジオにあるモノを投げてくる人もいれば、人格否定をしたり、殴ってくる人もいた。長時間休憩を与えなかったり、わざと怪我をさせるような人もいた。つまりただのパワハラだ。
あまりにもしごかれると当然ながらアシスタントはバックレる。そしてバックレにも松竹梅がある。ぼくはダメにダメを重ねたようなアシスタントだったので、ケータイの電源を切って現場に行かないことが何度かあった。梅のバックレだ。
アシスタント仲間から復讐をしてからバックレるという話を聞いたことがある。撮影の露出はアシスタントが計測して、カメラのセッティングをしてからフォトグラファーに渡す。そのときにめちゃくちゃな露出にして、現像所で気づかれる頃にはバックレているというものだ。フィルム時代ならではの竹のバックレだ。
ぼくはグラビア撮影のアシスタントをしていたことがある。体力的にも技術的にもキツくはなかったけど、フォトグラファーからいじめられ精神的にキツくなってしまい辞めようと決めていた。
最後の仕事が沖縄ロケだったので竹のバックレをしようかと考えたけど、露出をわざと間違えようが、そもそも露出をオーバーにもアンダーにもバラして撮影するからダメージは少ない。もっと大ダメージを与えたい。ぼくはそう考えた。
普通フィルムは飛行機内に持ち込み、保安検査ではオープンチェックといって目視で確認してもらう。間違ってもX線検査に通してはいけない。これは常識なんだけど、ぼくはフィルムをサラッとX線に通した。帰りの飛行機でもしっかりX線に通してバックレた。撮影でどうしようとフィルムがダメになってるから無駄だろう。これが松のバックレだ。
数週間後、写真が掲載されるはずの雑誌を確認すると、まったくもって綺麗な写真が掲載されていた。あれおかしいな、納得がいかずフィルム会社に「空港でX線にかけちゃったんですけど、なにかいい解決方法ありますかね?」と問い合わせをしてみた。「大丈夫とは言えないですけど、高感度のフィルムでなければほぼ大丈夫ですのでご安心ください」と返された。安心はしたくなかったんだ。松のバックレは失敗に終わり、ただの梅のバックレとなった。
この沖縄ロケ以降、自分の撮影で飛行機に乗るときはオープンチェックせずに往復でX線を通している。問題が起きたことはない。もうフィルムで撮影することもめっきり減ったけど、いまでも空港の保安検査場に並んでいるときに思い出してしまう。