毎日何通もメールを送ってくる女性がいる。
早朝のメールには“昨日は遅くまでありがとうございました”とか“幡野さんに背中を押してもらって助かりました”というお礼からはじめるメールがお昼にも夕方にも夜にも、一日に何通も届く。
ぼくと一度でもメールのやりとりをした人は気づくとおもうけど、ぼくはほぼメールの返信をしないタイプだ。ついでにここで謝罪しておきます、ごめんなさい。そして返信がないのはあなただけじゃないので、安心してください。ぼくはホームレスにも大統領にもわけへだてなくおなじ対応をするタイプです。
健康なときはメールの返信はこまめで、丁寧なほうだった。あたりまえだ、フリーランスで仕事をする写真家だ。ただ病気になってからは、メールやメッセージがとてもおおくなって、毎日深夜の2時とか3時ぐらいまで返信作業に追われた時期があり、これじゃ死因がメール返信になると感じてやめたのだ。
毎日メールをくれる彼女にぼくは返信を一通もしていないけど、彼女はぼくからのメールを受信しつづけて、ぼくからのメールに返信をしている。返信だけはしっかりとぼくに届くというすこし奇妙な話だ。
新聞やSNSなどで自分のことを書いていたり、ツイッターで自分のことが騒がれて困ってるという旨のメールがきたときに気づいたけど、おそらく妄想なのだろう。彼女にたいして怖さや気味の悪さのようなものは感じない。心理的にも物理的にも距離があって、安全だと感じるからだ。でも、周囲の人や家族の方は大変なことだろう。
彼女のなかの妄想幡野は、なかなかの紳士っぷりなようだ。いつも彼女は感謝をつたえてくる。えらいぞ妄想幡野、その調子だ。
ところが最近、彼女からちょくちょくと怒りのメールがくるようになった。“いい加減にしてください!迷惑です!”と書いてある。げげんちょ…なにしたんだよ妄想幡野。
あらためていうけど、現実幡野は一通も返信していない。こうなってくるとちょっと…怖い。実害が無いにしても、幡野にこんなことされた!と周囲にいいふらされるのもすこし困ったものだ。こちらからすれば妄想だけど、彼女からすれば現実なのだ。
身の危険を感じれば通報すればいいのだけど、最悪の場合は逮捕ということになるだろうし、強制入院の可能性もある。
彼女にはちいさな子どもと旦那さんがいるそうだ。ご家族の心中を考えると、やはりいまとれる手段は願うしかない。