ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

道
99
道

今 東光『清貧の賦』
北村透谷『星夜』
田宮虎彦『霧の中』


Illustration(c)Sumako Yasui

一歩、もう一歩
この命終わる日まで

幼時から許婚のような間柄である貞吉は、妙な絵ばかり描いている甲斐性のない男にみえた。お綾は貞吉に心を寄せながらも他家に嫁ぐ。貧しくとも、真心を尽くして生きた男の生涯(今東光『清貧の賦』)。世の明るさを一身に集めたような恋は突然、終わった。香気溢れる悲恋の調べ(北村透谷『星夜』)。戊辰戦争に敗れた会津藩士の子・荘十郎は、各地を転々としながら、姿の見えぬ「敵」に長刀をふりかざす(田宮虎彦『霧の中』)。激動期の日本、辛苦と哀しみに耐えつつ歩いた庶民の長い道のり。

著者紹介

今 東光 こん・とうこう 1898-1977
横浜生まれ。第六次「新思潮」に参加し、新感覚派の作家として世に出た後、1930年僧籍に入って一時文学を離れたが、57年に『お吟さま』で直木賞を受賞。歯に衣着せぬ毒舌でも人気を博した。その他代表作に『悪太郎』『悪名』など。

北村透谷 きたむら・とうこく 1868-1894
小田原生まれ。本名・門太郎。早くから政治家を志して自由民権運動に参加。その後、政治を離れて文学に転じ、島崎藤村らに大きな影響を与えたが、25歳で自ら命を絶った。代表作に長詩『楚囚之詩』、劇詩『蓬莱曲』など。

田宮虎彦 たみや・とらひこ 1911-1988
東京生まれ。東京帝国大学在学中から創作活動を行い、1936年「人民文庫」の創刊に参加。その後、さまざまな職を転々とし、47年の『霧の中』で注目され作家生活に入る。代表作に『落城』『足摺岬』『絵本』など。

編集者より

安井寿磨子さんの装画は「道=さまざまな人の往き交う場所」のイメージ。人は、時には誰かと仲良く並んで、また時には誰かとすれ違って振り返ったりなどしながら、ひたすら長い一本道や幾本にも枝分かれした道を、一歩一歩進んでいくんですね。そんな道をテーマにした本巻の中でも、いちばんのおすすめは田宮虎彦の出世作『霧の中』です。短めの中篇といっていいくらいの長さですが、会津藩士の子として生まれた荘十郎の、幕末から昭和の戦後にまで至る人生を描いており、読み終わったあとの充実感は長篇にひけをとりません。ご堪能ください。(A)