ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

雲
98
雲

トーマス・マン『幸福への意志』
ローデンバック『肖像の一生』
ヤコブセン『フェーンス夫人』


Illustration(c)Sumako Yasui

流れゆく空に
あの人の想いが映る

ミュンヘンで再会した友人パオロは、病に侵されながら激しい恋に生きていた。生の弛緩にあらがう情熱の掟(トーマス・マン『幸福への意志』)。修道女となって不運に耐えていた未亡人ドゥボネールは、孫を護るため世間の「悪」に戦いを挑む。古い館の肖像画に刻まれた数奇なる運命(ローデンバック『肖像の一生』)。子どもたちに理解されぬ人生を選んだ母が、豊かな生の終わりに愛の手紙をつづる(ヤコブセン『フェーンス夫人』)。移りゆく人生の空に、それぞれが見つめた幸福のすがた。

著者紹介

トーマス・マン Thomas Mann 1875-1955
ドイツの小説家・評論家。1901年の『ブッデンブローク家の人々』で文名を確立、29年にノーベル文学賞を受賞した。ナチスが政権を握ると亡命生活を送りつつ活動。文学、哲学、政治に関する評論も多数ある。その他代表作に『魔の山』『ファウスト博士』など。

ローデンバック Georges Rodenbach 1855-1898
ベルギーの詩人・小説家。ブリュッセルで弁護士として活動する傍ら、ベルギー文学復興を目指す「若きベルギー」に参加。その後はパリに居を定め、故郷フランドルを背景にした作品で好評を博した。代表作に『死都ブリュージュ』『霧の紡車』ほか。

ヤコブセン Jens Peter Jacobsen 1847-1885
デンマークの小説家。大学で植物学を専攻し、藻類の採集・研究に没頭。その後文学に転じ、清新な作風で注目を集めたが、植物採集の影響で胸を病み、早世した。ダーウィン『種の起源』の翻訳も手がけている。代表作に『マリイ・グルッベ夫人』『ニイルス・リイネ』ほか。

編集者より

「雲」というと、しばしば人の生き様に喩えられる単語です。山村暮鳥の「おうい雲よ/ゆうゆうと/馬鹿にのんきそうじゃないか/どこまでゆくんだ/ずっと磐城平の方までゆくんか」という詩もあるように、些事にこだわらない飄々とした姿を思い浮かべる人も少なくないでしょうが、この巻に収録されているのは、強い意志を貫いた名も無き人々の生き様を描いた三篇。作者はすべてヨーロッパ人で、トーマス・マンはドイツ文学を代表する文豪、そしてローデンバックとヤコブセンは小国(デンマークとベルギー)出身の、持てる才能を存分に発揮する前に早世した作家です。作者のほうはそれぞれにドラマチックな人生を歩んでいますが、自分たちの意志を貫いたという点では同じだなあと、資料を読んでしみじみ。彼らの作品をぜひご一読ください。(A)