ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

惜
97
惜

宇野浩二『枯木のある風景』
松永延造『ラ氏の笛』
洲之内徹『赤まんま忌』


Illustration(c)Sumako Yasui

きみは去った
心のなかで肩をくむ

大雪の積もった朝、写生旅行に出た洋画家・島木は、ただならぬ画境の深まりを見せる旧友のことが頭から離れない。遺作に刻まれた芸術家の魂(宇野浩二『枯木のある風景』)。月影の夜、病んだ友人は横笛を鳴らす。横浜外国人居留地で「私」が看取ったインド人との思い出(松永延造『ラ氏の笛』)。五年前、交通事故で世を去った三男の、あどけない顔が今も目に浮かぶ――。十九年の生涯に手向けられた父の心(洲之内徹『赤まんま忌』)。敬愛と慈しみにみちた、それぞれの惜別。

著者紹介

宇野浩二 うの・こうじ 1891‐1961
福岡市に生まれ、大阪で育つ。本名・格次郎。近松秋江をモチーフにした小説『蔵の中』で文壇に登場。軽妙な話術を活かした文体で人生の妙を描いた。病のために一時執筆を断念したが1933年の『枯木のある風景』で復活。他の作品に小説『苦の世界』、評伝『芥川龍之介』ほか。

松永延造 まつなが・のぶぞう 1895-1938
横浜市生まれ。幼少から脊椎カリエスを患い、哲学・心理学に関心を寄せる。1924年『職工と微笑』が「中央公論」に掲載されてデビュー。社会からの圧迫、孤独を描いた作品が高い評価を得た。他の作品に『夢を喰う人』『アリア人の孤独』『我が無職時代』など。

洲之内 徹 すのうち・とおる 1913‐1987
愛媛県松山生まれ。東京美術学校建築家在学中からプロレタリア運動に関わる。戦後、1950年に発表した『棗の木の下』などが芥川賞候補になる。60年からは田村泰次郎の経営していた画廊を引き継ぐ一方、『絵のなかの散歩』『気まぐれ美術館』などの私小説的美術評論を著した。

編集者より

親友や家族を失ったとき、それでも私たちは生きていかなければいけません。ほとんどの人は、大きな声をだして泣き崩れるなんてせずに、空虚さを抱えたまま淡々と失ったものの面影と一緒に生きていくのではないでしょうか。松永延造の『ラ氏の笛』の「月が欠けている時、それは本統に半分を失って了ったように見える。けれど、実は何者をも失ってはいないのだ」という一節がじんと沁みます。同士を、隣人を、息子を、それぞれかけがえのない人を失った人々の慈愛に満ちた、静かな別れのひと時に、思いを馳せてください。(Y)