ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

昏
89
昏

北條 誠『舞扇』
久保田万太郎『きのうの今日』
佐多稲子『レストラン洛陽』


Illustration(c)Sumako Yasui

暮れゆく街に
最後の花が咲く

粋筋のあいだで知られる海苔屋「森伝」は、すっかり時代の変化に取り残されていた。没落への悲哀にまみれながら遊びつづける二代目主人の、艶やかな最期(北條誠『舞扇』)。客として馴染んだ店の老給仕がついに停年を迎えた。去りゆく季節の情感が美しい、久保田万太郎の『きのうの今日』。女給部屋の露骨な会話に、男客を奪いあう女たちの哀しみが浮かぶ佐多稲子『レストラン洛陽』。かげりゆく世界で光を放とうとした人たちがいた――失われゆく世界への愛惜がにじむ三篇。

著者紹介

北條 誠  ほうじょう・まこと 1918-1976
東京生まれ。早稲田大学国文科卒。戦前から川端康成に師事し、1946年『一年』『寒菊』で野間文芸奨励賞を受賞。純文学、大衆文学、少年少女小説と幅広く活躍、テレビドラマ・芝居の脚本も数多く手がけた。代表作に『舞扇』『この世の花』『哀愁日記』ほか。

久保田万太郎  くぼた・まんたろう 1889-1963
東京・浅草生まれ。慶應義塾大学在学中に発表した小説『朝顔』、戯曲『プロローグ』で一躍新進作家に。浅草下町情緒を描いた戯曲や小説を数多く残した。1957年に文化勲章を受章。代表作に『大寺学校』『春泥』『三の酉』ほか。

佐多稲子  さた・いねこ 1904-1998
長崎市生まれ。本名・佐田イネ。小学校5年からキャラメル工場に勤め、職を転々とした後プロレタリア文学運動へ。1928年に『キャラメル工場から』でデビュー。女性の地位向上にも尽力した。代表作に『女の宿』『樹影』『夏の栞』など。

編集者より

没落の一途をたどりながらも老舗としての威厳を保つ、のり問屋の「森伝」は、粋を体言する主人・伝兵衛の姿を投影したような店だ。「パオーン」と威勢よく煙管をたたくその姿は、歌舞伎役者のように艶やかで小気味よい。北條誠の『舞扇』には現代にはない“粋”が描かれている。本巻にはいずれも、時代の変わり目に取り残されてしまったもの、人が登場するが、わびしさや諦念とはうらはらに、それでも生き続けていく人々の鮮やかな姿と、一つの時代を生ききった、どこかほっと一息つく姿を感じる。(Y)