ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

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小林多喜二『駄菓子屋』
十和田操『判任官の子』
宮本百合子『三月の第四日曜』


Illustration(c)Sumako Yasui

町中の皆が
同じ明日を見ていた

昔は繁盛した町の菓子屋。すっかり没落し、売り物の饅頭を作る粉も無くなった。切迫した家計に絶望する「お婆さん」の苦悩は報われるのか(小林多喜二『駄菓子屋』)。髭ばかり立派だが安月給で洋服も買ってくれない父親。医者の子、軍人の子、様々な境遇の級友の間で肩身が狭い「私」(十和田操『判任官の子』)。工場勤めのサイは、集団就職で上京する弟の勇吉が心配でならず、上野駅に向かう(宮本百合子『三月の第四日曜日』)。誰もが皆、労働に明日を託して必死に生き抜いた時代の三篇。

著者紹介

小林多喜二 こばやし・たきじ 1903-1933
秋田県の農家に生まれ、小樽で育つ。銀行勤務の傍ら、同人誌「クラルテ」を創刊。文学を通じて私小説的リアリズムと社会主義思想を追及した。代表作に『蟹工船』『党生活者』などがある。

十和田 操 とわだ・みさお 1900-1978
岐阜県生まれ。明治学院大学を卒業後、記者を務めるかたわら同人誌「葡萄園」に参加、『饒舌家ズボン氏の話』が泉鏡花に評価された。『判任官の子』『屋根裏出身』などを通じて庶民の生活の哀歓を描いた。

宮本百合子 みやもと・ゆりこ 1899-1951
東京生まれ。日本女子大を中退後、『貧しき人々の群』によって文壇に登場。アメリカ遊学、結婚・離婚を経て長篇『伸子』を執筆。戦時下はプロレタリア作家として夫とともに弾圧を受けたが屈しなかった。戦後、長篇『二つの庭』『道標』などを完成させた。

編集者より

隣近所、街の皆が1日1日を生きることに必死で、労働が今よりももっと切実だった頃。人々が流した汗と涙が、ここに映し出されています。『駄菓子屋』は、多喜二が『蟹工船』などよりも以前、北海道で拓殖銀行の行員をしていた時代に書かれた初期の作品。後にプロレタリア文学の旗手となった多喜二の原点がここにあるように感じます。『判任官の子』は、十和田操が、岐阜で過ごした少年期をモチーフに綴った代表作。少年の眼から当時の家族や街が垣間見えます。『四月の第三日曜』は、地方から上京して働く姉弟の話。三つの作品では、背景になった地域が異なっており、時代も少し前後してはいるものの、街のどの家々にも繰りひろげられてきた「生活」が描かれています。そしてそれは過去のものではなく、現在を生きている自分にも切実で、とても身につまされます。(K)