不良少年の烙印を押され、家を追われた青年にとって、「おんつぁん」はまるで父親のような、唯一心を開ける存在だった。亡き母の形見を胸に、己の未来を模索する若者の肖像(有島武郎『骨)。村一番の競馬大会で、勝負に負けた農夫の源吉はその怒りの矛先を妻に向けてしまう。弱き魂の苦悩と悲劇を描いた島崎藤村『藁草履』。ただ、己が何者か知りたい。家を出た青年にその答えは見つからなかった。聖書を題材にしたジッドの『放蕩息子の帰宅』。自由への憧れと罪悪感。懊悩する魂の彷徨を描いた三篇。
有島武郎 ありしま・たけお 1878-1923
東京・小石川生まれ。札幌農学校在学中にキリスト教に入信。アメリカに留学した後、「白樺」で最年長の同人となり、『或る女』を発表。代表作に『カインの末裔』『小さき者へ』『生まれ出づる悩み』など。1923年、心中を図りこの世を去る。
島崎藤村 しまざき・とうそん 1872-1943
筑摩県馬籠村に生まれる。1893年、北村透谷らと「文学界」を創刊。教職の傍ら詩を発表し、1897年、詩集『若菜集』を刊行。初の長篇小説『破戒』が夏目漱石に絶賛される。他の作品に『春』『家』『夜明け前』など。
ジッド Andre Gide 1869-1951
フランスの作家。厳格なプロテスタントの家庭に生まれ、生涯、宗教的道徳を創作の主軸とした。代表作に『狭き門』『地の糧』『背徳者』『贋金つかい』『法王庁の抜け穴』など。1947年、ノーベル文学賞受賞。
有島武郎の『骨』は家を追われた青年の孤独。島崎藤村の『藁草履』は弱さゆえに妻を失ってしまった男の後悔。ジッドの『放蕩息子の帰宅』は聖書を題材に自由を捜し求め挫折した青年の罪悪。それぞれの人物たちの罪の意識を抱えたまま歩き続ける姿は、どこか神々しくもあります。まるで悟りを開いているかのようにも見え、人生の教唆を受けているような気持ちにも。作家自身の人生観が大いに打ち出された三作品。『藁草履』は、信濃の自然描写も美しく、物語に鮮やかさを添えています。(Y)