ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

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船
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船

近藤啓太郎『赤いパンツ』
徳田秋声『夜航船』
野上弥生子『海神丸』


Illustration(c)Sumako Yasui

ひとたび海に出れば
ここよりほかに、家はない

「先生さん」の赤パンツは大漁を呼び寄せる――そんな噂が広まって、とうとう村一番の頑固親父の船に乗ることになった中学教師。海と、海に生きる者たちの生命力が躍動する、近藤啓太郎の快作『赤いパンツ』。大勢の客でごった返す蒸気船。避暑地へ向かう「私」が隣り合わせた、怪しい老婆との長い夜(徳田秋声『夜航船』)。正月を迎える前に一儲け、船長のもくろみは厳しい自然に打ち砕かれた。漂流生活57日、実在の海難事件に取材した野上弥生子『海神丸』。波にもまれ、生の根源があらわにされる、傑作三篇。

著者紹介

近藤啓太郎  こんどう・けいたろう 1920-2002
三重県生まれ。東京美術学校を卒業後、千葉県鴨川で図工科教師の傍ら小説を書き、1956年『海人舟』で芥川賞を受賞。代表作に小説『海』『微笑』のほか、評論『大観伝』『奥村土牛』(読売文学賞)など。

徳田秋声  とくだ・しゅうせい 1871-1943
金沢生まれ。本名・末雄。尾崎紅葉に師事し、『雲のゆくへ』が文壇的出世作に。自然主義文学の書き手として、新聞小説を中心に活躍した。代表作に『黴』『あらくれ』『仮装人物』など。

野上弥生子  のがみ・やえこ 1885-1985
大分県臼杵市生まれ。本名・ヤヱ。15歳で上京し、明治女学校を卒業すると同郷の豊一郎と結婚。夏目漱石の影響下で小説を書き始めた。代表作に『海神丸』『真知子』『迷路』『秀吉と利休』(女流文学賞)など。

編集者より

漁師たちの船、大勢の乗客を乗せた夜の旅客船、そして島から島へ荷を運ぶ貨物船。日本の作家たちによる、文字通り「船」にまつわる物語三篇です。私のいちばんのおすすめは『赤いパンツ』。著者の近藤啓太郎は実際に千葉・鴨川に移り住んで最初の一年ほど漁師生活を送っており、そこで感じた「人間の素朴な生命力」が創作に反映されています。『赤いパンツ』ではカツオ漁の様子が描かれますが、読みながら、自分も波にもまれ、ぎらぎらと照りつける太陽にさらされているような、そんな感覚を味わいました。(S)