ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

水
69
水

伊藤 整『生物祭』
横光利一『春は馬車に乗って』
福永武彦『廃市』


Illustration(c)Sumako Yasui

波紋のように広がる
私は一つの生命体

病床の父を見舞いに故郷へ戻ると、草木は芽吹き、鳥は鳴く春の盛り。北国の遅い春の輝きと迫りくる死のコントラストに眩暈を覚える、伊藤整の『生物祭』。「彼女も俺も、もうどちらもお互に与えるものは与えてしまった」――海辺の病院で妻の看病に身を捧げる夫。疲弊した二人の間に差し込む微かな光(横光利一『春は馬車に乗って』)。「僕」は十年前に滞在した運河の町が、火事で焼失したと新聞記事で知る。下宿先の旧家のこと、美しい姉妹のこと…あの夏の記憶が動き出す(福永武彦『廃市』)。時の流れの中を漂うように存在する生命を描く三篇。

著者紹介

伊藤 整 いとう・せい 1905‐1969
北海道生まれ。ジョイスの影響を受けた『新心理主義文学』を発表。ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』完訳が猥褻文書と論争になるが、文学としての正当性を主張した。代表作に小説『得能五郎の生活と意見』『鳴海仙吉』、評論『小説の方法』『日本文壇史』など。

横光利一 よこみつ・りいち 1898-1947
福島県生まれ。菊池寛に師事し、『蠅』『頭ならびに腹』など新進的な表現手法で頭角を現し、川端康成らとともに新感覚派と呼ばれた。代表作に『機械』『春は馬車に乗って』『寝園』など。

福永武彦 ふくなが・たけひこ 1918-1979
福岡県生まれ。戦後、詩集『ある青春』、評論『ボオドレエルの世界』、小説『風土』などで注目を集め、『草の花』で文壇での地位を確立。代表作に小説『忘却の河』『海市』、評論『ゴーギャンの世界』などがあり、翻訳も多数手がけた。

編集者より

「水」という豊かなイメージと美しく繊細な文章が相まって、人間の生きる時間の儚さ・「生」の不確かさに思いを馳せる3篇です。刻々とすすむ時間の中で生きている自分も、大きな宇宙の流れの中では一生命にすぎない……春の息吹を感じながら、日差しの下で静かに読み耽りたい巻です。(R)