いつも子どものように扱われ、心に怒りの種を秘めている魔利。日常の小さな理不尽を独特の感性で描く森茉莉の快作『薔薇くい姫』。大輪の花五つ、咲きかけた桃色のつぼみが二つ。「私」をやさしく見守る、丘の上のばら園の思い出(片山廣子『ばらの花五つ』)。相場に手を出し、親戚に無心して暮らす父のもとを初恋の相手が訪ねてきた。悲しみの記憶から静かな情愛がたちのぼる、城夏子『つらつら椿』。女性作家が描く、花をめぐる物語三篇。
森 茉莉 もり・まり 1903-1987
東京・駒込千駄木町生まれ。森鷗外の長女で、16歳で結婚し二児をもうける。二度の離婚を経てから翻訳や随筆を手がけ、1957年『父の帽子』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。耽美的・幻想的な小説でも人気を博した。代表作に『恋人たちの森』『甘い蜜の部屋』など。
片山廣子 かたやま・ひろこ 1878-1957
東京・麻布生まれ。佐佐木信綱に師事し、歌人として活躍する一方、松村みね子の筆名で翻訳も行う。代表作に歌集『翡翠』、随筆集『燈火節』、『ダンセイニ戯曲全集』(翻訳)など。
城 夏子 じょう・なつこ 1902-1995
和歌山県生まれ。本名・福島静(しづか)。17歳から少女雑誌へ投稿し始め、編集助手をしながら小説を執筆。晩年は生き生きした老いを綴ったエッセイで、多くの人々の共感を呼んだ。代表作に『毬をつく女』『六つの晩年』など。
『花』というテーマに相応しく、女性作家三人の揃い踏みとなりました。とはいえ、タイプはみんなばらばら。いずれも身辺の出来事や自身の生い立ちを題材にした作品ですが、作風はまさに百花繚乱の観ありです。中でもくせ者は、森茉莉の「薔薇くい姫」。父親の文豪・森鷗外はじめ、実在する多くの著名人が、実際とはほんの少し違う名前になって登場する作品です。どの人物のモデルが誰なのか、あれこれ推測しながら読んでいくのも楽しいのではないでしょうか。(A)