男が会社をクビになってから、ふたりの生活は落ちるところまで落ちた。二言目には「死ぬ」という惰弱な男に女は愛想を尽かすのだが…。切れそうで切れない男女の絆(芝木好子『洲崎パラダイス』)。大学を出たばかりの「ぼく」が浅草の大姐御とすごした一夜の思い出(西條八十『黒縮緬の女』)。二十年連れそった夫が浮気し、妻はさっさと離婚届を出すが、なぜか夫を奪った女や子どもの面倒までみてしまう…(平林たい子『行く雲』)。男女を超えた情けの深さ、遥かなる女ごころ。
芝木好子 しばき・よしこ 1914-1991
東京・浅草生まれ。1938年、「文芸首都」の同人となり、42年に『青果の市』で芥川賞を受賞。『洲崎パラダイス』など洲崎ものの連作や、伝統芸術に題材を取った作品で高く評価された。他の作品に『葛飾の女』『青磁砧』『隅田川暮色』など。
西條八十 さいじょう・やそ 1892-1970
東京・牛込生まれ。1910年代から象徴詩や童謡で活躍。24年に渡仏してソルボンヌ大学で学び、帰国後は早稲田大学で教鞭をとった。歌謡曲の作詞家としても多くのヒット曲がある。代表作に詩集『砂金』、童謡集『鸚鵡と時計』など。
平林たい子 ひらばやし・たいこ 1905-1972
長野県生まれ。本名はタイ。諏訪高等女学校時代から作家を目指し、1927年の『施療室にて』によってプロレタリア作家としての地位を確立。46年の『こういう女』で第1回女流文学者賞を受賞。他の作品に『鬼子母神』『秘密』など。
芝木好子の『洲崎パラダイス』は、川島雄三監督の名作『洲崎パラダイス・赤信号』の原作。映画のほうはずいぶん前に観ていたのですが、不覚にも、この原作は百年文庫の編集作業に入るまで未読でした。小説の映画化に際しては、一般的に、設定やストーリーに多かれ少なかれ手が加えられるものです。『洲崎パラダイス』の場合、ストーリーはほぼ原作に忠実に作られているものの、もとが短篇だけに、原作にはないキャラクターを登場させて物語にふくらみを持たせています。川島雄三作品というと、名脇役の小沢昭一がヘンテコな役で出てくることが多く、この『洲崎パラダイス』でも、出番は少ないながら妙に印象に残る役を演じているのですが、今回、芝木好子の原作にもそのキャラクターがちゃんと登場していることがわかりました。映画をまだご覧になっていない方は、この小説に出てくるどの人物に小沢昭一が扮しているか、ぜひ確認してみてください。『洲崎パラダイス・赤信号』はDVDにもなっています。(A)