ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

秋
4
秋

志賀直哉『流行感冒』
正岡容『置土産』
里見弴『秋日和』


Illustration(c)Sumako Yasui

美しい笑顔
忘れえぬあの人のこと

子どもが風邪を引くだけで「死にはしないか」と気を揉む父親。神経質な主人と家人のやりとりが温かい志賀直哉の『流行感冒』。世評名高い「猫」の芸を伝授してもらおうと師匠に尽くす万之助。だが、飲み代ばかり払わされ、いつになっても芸の話にはならず…。師弟の心が響きあう正岡容の『置土産』。娘の結婚相手を探す未亡人の身を案じ、要らぬお世話をやく男たち…小津映画にもなった里見弴の『秋日和』。市井の人々の優しさが秋空のように美しい三篇。

著者紹介

志賀直哉 しが・なおや 1883-1971
宮城県石巻市生まれ。東大文学部在学中より小説家を志し、武者小路実篤、有島武郎らと「白樺」を創刊。父親との対立や実生活の問題をテーマにした私小説や心境小説を多数発表した。代表作に『暗夜行路』『和解』『城の崎にて』など。

正岡容 まさおか・いるる 1904-1958
東京・神田生まれ。10代から短歌や小説などを書き、19歳で発表した『黄表紙・江戸再来記』が芥川龍之介に絶賛される。寄席随筆や芸人小説を数多く発表、高い評価を受けた。代表作に『置土産』『寄席』『円朝』『日本浪曲史』など。

里見弴 さとみ・とん 1888-1983
横浜市生まれ。本名山内英夫。志賀直哉の影響を受け、兄・有島武郎らと「白樺」の創刊にかかわる。1916年、第一作品集『善心悪心』を刊行、短篇小説の名手として高く評価された。代表作に『多情仏心』『椿』『極楽とんぼ』など。

編集者より

志賀直哉の『流行感冒』は、よく磨かれた鏡に人の心を細大もらさず映し出したような作品だ。家の中の微妙な感情模様を描き出して、愛や誤解がどんなふうに生まれるのか、手に取るように伝わってくる。わたしは自分のことのようにドギマギしてしまった。読後感はとても爽やかで、まさに「小説の神様」ならではの名人芸。『置土産』と『秋日和』も清々しい気持ちになれる。日々の慌しさに見失っていた心がゆっくり戻ってくるような気がして嬉しい。(N)