雨の夕闇、列車事故の現場に駆けつけた駅長は担架に寝かされた女に心奪われた。大きな黒い目、青ざめた顔。生真面目な男の胸に炎と影が揺れだす――。一瞬の出会いが運命を激変させていく様を描いた『駅長ファルメライアー』(ヨーゼフ・ロート)。往年の名優が芸の苦悩を語り、旅の同行者が意外な解決策を講じる車中のミステリー『グリーン車の子供』(戸板康二)。客から責められる下級官吏の哀しみが迫る『駅長』(プーシキン)。駅を舞台に回りだす愛と運命の物語。
ヨーゼフ・ロート Joseph Roth 1894-1939
オーストラリアのユダヤ系作家。ジャーナリストとして活動しながら、小説でも名声を得る。ナチスが政権につくとパリに亡命、すさんだ生活の中で死亡した。代表作に『ラデツキー行進曲』など。
戸板康二 といた・やすじ 1915-1993
東京・芝生まれ。演劇評論家として活躍しながら、江戸川乱歩の勧めで推理小説作家に。1960年に直木賞を受賞。俳人、随筆家としても知られている。推理小説の代表作に『團十郎切腹事件』など。
プーシキン Aleksandr Pushkin 1799-1837
ロシアの詩人・作家。詩、短篇、長篇など、近代文学のあらゆるジャンルで傑作を残す。近代ロシア文章語を完成させ、近代ロシア文学の基礎を築いた。代表作に『スペードの女王』『大尉の娘』ほか。
毎日何気なく駅ですれ違っている人たちや偶然隣に座っただけの人たちも、それぞれが思惑をもって生きており、ある日それが運命的な出会いにつながる可能性を秘めている――そんな人生の不思議に思いを馳せてみたくなる三篇が収録されています。ヨーゼフ・ロートとプーシキンはロシアの代表的な作家ですが、そこに推理探偵小説で知られる戸板康二が加えられる(「百年文庫」収録作の中ではいちばん最近に発表された作品です)という、この「百年文庫」でなければ味わえないセレクトの妙。電車の中で読んでいただくと、旅気分が盛り上がること間違いなしの1冊です。(R)