ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

岸
28
岸

中勘助『島守』
寺田寅彦『団栗』ほか
永井荷風『雨瀟瀟』


Illustration(c)Sumako Yasui

波の音も、月の光も
しずかな音楽のように

夜半の雨が葉を散らし、晴れた朝には浜で顔を洗う。湖の小島で暮らした日々を深まりゆく秋の寂寥のなかに描いた中勘助の『島守』。妻の病も少しよくなった頃、久しぶりに夫婦で植物園を訪れたあの日――。あどけない生前の妻の姿が胸にせまる寺田寅彦の『団栗』。古いものが姿を消してゆく時代、薗八節の三味線の音に託して日本の姿を描いた永井荷風の『雨瀟瀟』。淡々とした筆致の奥に時流に屈さぬ詩魂みなぎる文章世界。

著者紹介

中 勘助なか・かんすけ 1885-1965
東京・神田生まれ。一高と東京帝大で夏目漱石に英文学を学ぶ。1913年、幼少期の体験を描いた『銀の匙』が、漱石の推薦で東京朝日新聞に連載される。日記体で綴った随筆によって独自の文学を築き上げた。他の作品に『菩提樹の蔭』『鳥の物語』など。

寺田寅彦 てらだ・とらひこ 1878-1935
東京・麹町生まれ。熊本の第五高等学校時代に漱石と知り合い、東京帝大時代には子規と交わる。物理学者として多く業績を残す一方で、すぐれた随筆家としても活躍した。代表作に『冬彦集』『藪柑子集』『万華鏡』など。

永井荷風 ながい・かふう 1879-1959
東京・小石川生まれ。本名は壮吉。20代でフランス・アメリカを5年間外遊するが、近代化の時代に背を向け、『腕くらべ』『おかめ笹』『濹東綺譚』など江戸の情緒と花柳界を描いた名作を残した。長年書き続けた日記は時代の貴重な資料になっている。

編集者より

永井荷風の作品は、『つゆのあとさき』『腕くらべ』といった岩波文庫版のものはあらかた読んでいる(=少しは知っている)つもりでしたが、今回の『雨瀟瀟』は何度も繰り返し読んでいくなかで、初めて作家への距離が縮まったような気がした作品です。老境に達したといってよい荷風の孤独な、しかし物事に対する決然とした姿勢、そして奥行きと味わいのある文章。『岸』では、変化に向き合う人びとの生が三篇、集まりました。(S)