ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

朝
100
朝

田山花袋『朝』
李 孝石『そばの花咲く頃』
伊藤永之介『鶯』


Illustration(c)Sumako Yasui

旅に出よ!
夜が明けるまえに

「東京に行きさえすればどんな目的でも達せられる」――生活の糧を求め、故郷を離れて都会へ向かう一家。皆の希望を乗せた汽船は、夜明けの海を滑り出す(田山花袋『朝』)。塩魚や飴、生姜…各地を巡る行商の男たち。月夜の晩、思わぬ昔話から彼らの運命の糸がつながり出す(李孝石『そばの花の咲く頃』)。ある者は罪を問われて、ある者は人を探して…田舎町の警察署は朝から晩まで警官たちがてんてこ舞い(伊藤永之介『鶯』)。どんな逆境の日も、必ず夜明けが訪れる。朝靄に一寸の光をもたらす三篇。

著者紹介

田山花袋 たやま・かたい 1871-1930
栃木県(現・群馬県)の館林に生まれる。本名・録弥。尾崎紅葉、江見水蔭に師事し、1907年に『蒲団』を発表して文壇に衝撃を与える。三部作『生』『妻』『縁』、長篇『田舎教師』などで島崎藤村とともに自然主義の代表的作家としてその地位を確立した。

李 孝石 Lee Hyo-Seok 1907‐1942
朝鮮の小説家。京城帝大法文学部英文科在学中から短篇『都市と幽霊』などを朝鮮語で発表し、プロレタリア作家として文壇に知られる。その後、人間の性質や自然を描いた『豚』『雄鶏』などを発表した。代表作に『蕎麦の花咲く頃』『粉女』『碧空無限』など。

伊藤永之介 いとう・えいのすけ 1903-1953
秋田県秋田市に生まれる。銀行員、新聞記者を務めた後、 同郷の金子洋文を頼って上京。文芸批評を書き、プロレタリア運動に従事する。1938年に発表した『鶯』で新潮社文芸賞を受賞。戦後は『警察日記』などに東北の農民生活を描き、日本農民文学会の結成にも尽力した。

編集者より

馴染んだ田舎の暮らしを捨てて、江戸へ向かう人々を乗せた船(『朝』)、行商の男たちの静かな月夜(『そばの花咲く頃』)、田舎町の警察署で繰り広げられる小さな事件の数々(『鶯』)。ざわざわとした胸騒ぎ、何かがここからはじまりそうな期待と不安を含んだ「夜明け前」の空気が、この三篇に凝縮されています。朝「朝――この巻からこのシリーズを読み始める方もいらっしゃるかもしれませんが、これが、百年文庫の最終巻です。カバーをはずすと、あっと驚く展開がもうひとつ。これも100巻ならではの愉しみです。(R)