第3回「ポプラズッコケ文学賞」

第3回「ポプラズッコケ文学賞」にご応募いただいた皆様、まことにありがとうございました。 今回は、374編のご応募をいただきました。前回の募集から締切を1ヵ月前倒しにした関係か、応募総数は若干減ってしまいましたが、集まった作品のクオリティはけっして低いものではありませんでした。
特に2次選考に残った30編―2次選考に残すか、ぎりぎりまで迷った数編の作品も含め―については、既に作品を出版されている方、他の賞で受賞経験のある方も多く、テクニックの面で上手い人が多いなという印象でした。しかしその中で、抜きん出た魅力を感じさせてくれる作品は残念ながら多くありませんでした。
また毎回、恐るべき10代とでも言いたいような、若く達者な書き手が現れていますが、今回もファンタジー系の作品で何人か、驚くほど文章力に優れた若い才能が応募してくれていました。ただその世界観が、アニメやマンガを含む様々な作品からの借り物という域から脱せておらず、最終選考に残すことができませんでした。是非世界観を熟成させ、ご自分の物にして再チャレンジしていただきたいと思います。 結果として、最終選考に残った作品は6編。
6編の中には、書き手の力量を大いに感じさせてくれる作品もあり、若い才能の将来性に期待させられる作品もありました。
しかし最終選考での議論は尽きず、選考に携わった者一同、頭を抱えることとなってしまいました。
と言いますのは、ポプラズッコケ文学賞が出版を前提としている賞だからです。
どの作品も、現段階で必ず出版できると判断するには難しい、大きな問題を抱えていました。
豊かな将来性を感じさせてくれるものの、あまりに未完成で問題点が多すぎる作品。
完成度は高いものの、今の子供たちの心を捉える魅力にいささか欠ける作品。
力強く魅力的な作品ではあるが、大幅な改稿――応募原稿に欠けている要素を加えていかねばならないような改稿が必要と思われる作品………

長時間に及んだ選考の結果、残念ながら今回は大賞/優秀賞の授賞は見送り、奨励賞1本の授賞とさせていただくことになりました。 奨励賞を受賞される相原さんは、まだ大学生です。
作品には未完成な部分も多いのですが、読者の心を捉える大きな魅力を持っていると考えています。多少時間はかかっても満足のゆく作品に仕上げていただき、2作、3作と続けて作品を出していけるよう頑張っていただきたいと期待しています。
受賞には至らなかった作品も、その内の何作かについては、出版の方向に持って行けるよう打ち合わせをさせていただきたいと考えています。

第3回「ポプラズッコケ文学賞」


大賞 該当作品なし
奨励賞
副賞:50万円
相原礼以奈さん
『クレセント・コッペリアと人形たちの教室』

● 選考経過 ●

応募総数374編。
15名の編集者で分担を決め、1次選考。判断に迷う作品については2名以上の編集者が読んでいます。
その結果、以下の30編が2次選考に残りました。

タイトル名 著者名
最終選考に残った作品
愚痴聞き屋 泉田もと
青空と花火 植松二郎
おばあちゃんのとってもスイートケーキ 高森美由紀
ナッツとマミの南米九日間 北野青空
ちっさいおっさん 三角ピラミッド
宇宙人アール 北沢志貴
タック、ジャイブ、沈? しがじゅん
オレらの時間 高岡知世
over 4 宮腰理恵
イチニノとオバケ荘の秘密 細沼あゆみ
天体観測―雨天決行 上田晄暉  
門守の娘~まもりとおばあちゃんの100日間~ 星村玲央
いとしのレイラ 鏡アルマ  
今日の運勢☆☆☆(星みっつ) 滝原敬子  
父は がんばる ハム課長 おしろかおる
七宝、走る! 横山きょうこ
クレセント・コッペリアと人形たちの教室 相原礼以奈
カルガモ王子のスタジオに! 尾鹿心  
偽札 横田憲明
大江戸カラクリ大捜査 天月火馬人  
魔法使いの杖 黒木けい
ようこそ地球へ ようこそ民宿浜暴風へ ペテ・ピヨ  
頭の中にエイリアン! 菊原共基
夜を逃げろ! 真下三月
海と空のまじわるところ 山内ニコル
かえる人間ルナ 丘紫真璃
カバルリア 菅野千穂  
碧き森のゴオ 白瀬純平  
空の繕い~黄昏の空に透きとおる唄~ 穂崎透会
椿クラブ 星奏生

* 応募受付順、敬称略

2次選考では、11名の編集者が30編の作品すべてを読んだ上で議論を戦わせ、6編の作品を最終選考に残すこととなりました。
最終選考は、選考委員長の那須正幹先生と、弊社社長及び12名の編集者で行いました。

● 講 評 ●

「クレセント・コッペリアと人形たちの教室」 相原礼以奈さん
代々人形師の家に生まれ育った藤助は6年生。もてない冴えない男の子。
今日もバレンタインチョコを1つももらえず、がっかりして帰宅したところ、部屋に飾ってあったフランス人形がみるみる人間化していった。彼女の名前は、クレセント・コッペリア。藤助の祖父が孫の誕生祝いにつくった守護人形だった。藤助のあまりの不甲斐なさに憤慨して、彼を一人前に育てるため人間化したのだと言う。
こうして藤助は、むちゃむちゃ派手なゴスロリファッションに身を包んだコッペリアとともに通学することになったのだが―彼のクラスでは女の子たちの関係がこんぐらかり、いじめも起きていた。意志を持たぬ人形のような彼女たちの姿に、コッペリアが立ち上がった。藤助を巻き込みながら・・・・・・
まだまだ未完成な作品。圧倒的な存在感のコッペリアの陰に隠れ、主人公の藤助がどんな風に情けないところがあって、事件を通してどう成長したのか・・・といった点がよくわからない。クラスの女の子たちの関係性はリアリティがあるのだが、キャラの立て方がまだ弱く、誰が誰だかわからなくなってくる。人形のような意思のない姿/人間らしい姿―の対比が作品の中で充分に出せていない・・・・・・と、欠点は多い。だが作品の大きな設定が、マンガ的ではあるものの、非常に面白い。コッペリアが実に魅力的。若い作者だけに稚拙に思えるところはあるのだが、文章から伝わってくる感性に魅力があり、お話づくりにセンスの良さが感じられた。

「愚痴聞き屋」 泉田もとさん
中学3年生の壮太は、しっかり者。病弱な妹にかかり切りの母親を支える長男として、剣道部ではお調子者の主将を支える副主将として、みんなから信頼されていた。
ある日、壮太は駅前で「愚痴聞き屋」を見かける。15分、200円で、愚痴を聞くというのだ。自分には関係ないと思っていた壮太だが、剣道部の県大会予選の後、愚痴聞き屋に向かい恐ろしい勢いで憤懣を吐き出していた。いいように自分に責任を押しつけてくる部の仲間、試合を見に来たこともない母親への複雑な思いが、心の底に溜まっていたのだ。そして中学最後の試合となる県大会にも母親が来ることはなく、さらに万引き事件に巻き込まれたことをきっかけに、壮太の感情が爆発する・・・・・・
魅力的な構造の物語だ。自分自身でも気づかぬ内に溜まっている不満や苛立ち。それを愚痴聞き屋という不可思議な存在によって意識化させられた時、どんなドラマが生じるのか。「愚痴」というネガティヴなものを吐き出した後、逆に明確になってくるヒューマンな感情、関係性―だが残念ながら、その物語の構造が充分に活かされていない。
まず、愚痴聞き屋があまりに普通の人過ぎて存在感が稀薄なこと。そして、主人公の心のドラマが母親との関係性に収斂していってしまうのが、どうにも納得いかなかった。この作品に母親の話は必要なかったのではないか。
剣道の試合のシーンが非常に魅力的であり、部の友人たちとのドラマが面白く書けていて好感度の高い作品だっただけに、もったいなかった。

「おばあちゃんのとってもスイートケーキ」 高森美由紀さん
5年生のほたるには友だちがいない。クラスの女の子のグループから軽いいじめも受けている。だがお話を書いていれば、ほたるは孤独ではない。今も、王子に恋をする魔女のお話を書いている。両親は仕事が忙しく、おばあちゃんがほたるの面倒を見てくれている。そのおばあちゃんの様子が近頃おかしい・・・・・・と思っていたら、おばあちゃんはある喫茶店のマスターと恋をしていて、ついには結婚するとまで言い出した。両親は猛烈に反対するが、ほたるは次第におばあちゃんを応援しようという気持ちになってくる。
マスターには孫がいて、この少年とほたるは顔を合わせるたびケンカになる。だがケンカしながら、2人とも実に生き生きしているのだった。少年は事故で両親を失い、そのショックで不登校になっていた。やがて少年の発案で、おばあちゃんとマスターの「結婚」を祝うパーティをすることになり・・・・・・
屈折した心を抱える少女と、その少女が書く物語との二重構造になっている作品かと、期待して読み始めた。だが作品の中心はどんどんおばあちゃんのドラマに移っていってしまい、「物語」も少女の心を映しているのか、おばあちゃんの心を映しているのかわからなくなってくる。また、いじめ・不登校という背景を持っているはずの少年少女なのに、実に屈託なく活発で明るく、設定がおかしいのではないかと思えてしまう。
語る力を持った書き手と思うし、子供たちのやり取りが生き生きしていて、ディテールの描写にも魅力を感じた。もっと資質に合った物語を選ぶべきではないかと思える。

「ナッツとマミの南米九日間」 北野青空さん
主人公の少女(通称ナッツ)は母親(通称マミ)と2人暮らし。マミは離婚して、雑誌の契約記者をしている。ある日突然、マミは取材でアルゼンチンに行こうと言い出す。チェ・ゲバラの若い頃の事跡を記念して行われるタンデム・バイクレース―2000キロを走り抜けるレースに、ナッツとともに参加すると言うのだ。
現地でバイクを調達しようとしたところ強盗に金を奪われたのを皮切りに、2人に次々トラブルが降りかかる。長らくバイクに乗っていなかったマミの運転は危なっかしく、ようやく手に入れたおんぼろバイクは故障ばかり。ナッツは何度もレースを投げ出したくなるのだが・・・・・・。ゴールも間近になってきた頃、マミがついに過労で倒れると、ナッツは助けを求め必死になってバイクで走っていくのだった。
トラブルばかりがあったわけではなく、地元の貧しい人の優しさに触れたり、世界各国のライダーと友情を温めたり。そしてレースの規定タイムを過ぎてゴールに到達したとき、そこには大きなドラマが待っていた・・・・・・
骨太な力強い作品。客観的には、このまま本になっても不思議のない作品だろう。だが、ひたすら振りまわし振りまわされ続ける母子の姿に、女性編集者の不評が甚だしかった。確かに母子の心のドラマの描き方が足りない。なぜこの母親は南米に、チェ・ゲバラにこだわりを持っているのか、このレースを走り抜くことで自分の何を変えたいと思っているのか? 少女にとっては巻き込まれて始まったドラマではあるが、作品として成立するためには内的動機が生まれていなければならない筈で、その部分の書き込みも足りなかった。
読者の子供にとっては接点の非常に感じにくい舞台の作品だけに、主人公への感情移入のさせ方、ドラマの盛り上げ方にもうひと工夫欲しいように思う。
バイクで走るシーンなど動きの中で気持ちを伝える描写力に優れ、確実に力のある作者なので、他の作品も含め活躍に期待したい。

「偽札」 横田憲明さん
一見バラバラに思える小さな話が並列的に語られていき、やがてジグソーパズルのように1枚の絵となって、すべてがつながった物語となるという意欲的な作品。
高校生の主人公とその友人が偶然偽札を拾い、おばあさんが店番をする古本屋で文庫本を買って釣り銭を手に入れる/友人の姉が勤めるペットショップでオウムの盗難事件が発生。一見事件は解決したかに見えたが・・・/彼らの住む街でホームレスらしき男が自分の犬を探し回っていた。やがてペットショップに舞い込む脅迫状/主人公たちがアルバイトしているコンビニ店長の不審な行動。その行動を追う内に、偽札の謎が・・・・・・等々/小さな謎がみな解けたと思わせておきながら、古本屋で買った文庫本にも秘められたドラマがあり・・・・・・
若い作者であるが、これだけ凝った仕掛けの作品を練り上げたところに、才気と意欲を感じる。高校生の男の子の軽口のような一人称にもリズムがあって、才能が感じられた。この作者が次にどんな作品を書くのか、楽しみでもある。
ただ、この作品は児童文学ではなく一般文学という感じでもなく、読者が想定しにくい面があった。高校生の主人公と友人の姉、2つの1人称で語られていくのだが、高校生ひとりの視点に統一して語りきった方がよかったのではないか? またこの作品の各話には多くのおとなが登場し、普段隠している一面を垣間見せることになるのだが、生きた人間としての実在感が薄かった。高校生たちとその姉以外の人物に対して、作者の想像力が不足しているのではないだろうか。

「海と空のまじわるところ」 山内ニコルさん
戦国時代末期、秀吉の天下統一が成ろうかという頃。舞台は蝦夷地。蠣崎家の世継ぎとして生まれた盛広は病弱であり、自分には世継ぎの資格がないのではないかと悩み続けている。だが、乳兄弟であるアイヌのアトゥイや近習の幸助らは心から盛広を信頼してくれている。生まれてすぐ死にかかった盛広はアイヌの乳母に育てられていて、アイヌの人たちにも友情を感じていた。 やがて父とともに秀吉に謁見するため上洛することとなった盛広。秀吉の許しを得られるか危ういところであったが、妖しい美少女あやめの忠告を受けていた盛広の言葉が秀吉の心を捉え、蠣崎家の所領は安堵された。人質として京に残った盛広は多くの人たちとの交流から学び、青年武将として成長していく。
だが蝦夷地に戻った盛広を待ち受けていたのはアイヌの蜂起だった。アイヌへの収奪を強めていた蠣崎家、また弟・由広らの心ない行動によって反乱が起きたのだった。そしてその指揮をしていたのは、2年前から行方不明になっていたアトゥイであった。心を鬼にしてアトゥイとの戦いに臨んだ盛広だったが・・・・・・
壮大な力強い物語。悪役は徹底して憎たらしく、2人の少女との恋のエピソードも適度に入ってきて、大衆小説のよき伝統を受け継いだ作品に思えた。児童文学が描く世界が非常に小さなものになりがちな今、これだけ大きな構想の物語を出すことには意義があるとの意見も出された。
ただこの作品は、枚数制限があってのことだろうが、後半が粗筋のようになってしまっていて、この物語を描ききるためには大幅な加筆が必要である。また平等思想などなかった時代の実在の人物(支配者の側の人物)を通してアイヌの人たちの問題を描くことが許されるのかという点も疑問だった。病弱で心の優しい少年が苦悩しながら戦国武将として成長していくというドラマと、アイヌの人たちの苦しみを描くドラマ―2つのドラマが混在していて充分に描ききれていない印象があった。魅力ある作品だが、どのような形にまとめ上げるのがベストなのか再考いただきたい。

最後に。
今回も大賞受賞作が出せなかったことは大変無念でした。
しかし本賞は児童文学の世界に新しい才能を送り出すことを目的としており、受賞に至らなかった作品についても可能性を探り続け、出版へと繋げていきたいと考えています。
どうか第4回の募集にも奮ってご応募いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。

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