死はただの『点』でしかないんだ。反対にこの世に誕生した瞬間 も『点』でしかない。
大事なのはその『点』と『点』を結んだ『線』なんだよ。
つまり、生きている瞬間を積み重ねた事実が大切なんだ。 (本文より)
ひとの営みを描きたかった
――前川さんは現役の看護師さんですが、いつから小説を書きはじめられたのですか?
前川 子どもの頃から作家に対する憧れはありましたが、自分には到底無理だろうと思っていたんです。20代の頃、挑戦してみたことがあるんですが、一ページくらいしか書けなくて(笑)。もう一度書いてみようと思ったのは3年前、親友に勧められたのがきっかけです。「そんなに小説が好きなら、書いてみたら? お前が書いたら、俺読むよ」という言葉に背中を押されて、数ヶ月かけて、400枚くらいの物語を書き上げました。
――前回から格段の進歩ですね!
前川 とにかく最後までたどり着こうと決めていました。数日経って読み返したら、なんだこりゃ……という内容でしたけど(笑)。でも書き上げられたことは自信になって、年間3本は書こう、と目標を決めてコツコツ続けていました。
――その目標は達成されたんですか?
前川 はい、それくらい自分を追い込まないと書かなくなってしまいそうで。最初は自分の心象風景から広げていたんですけど、それだけだと物語として弱いな、と気づいて。あるとき、珈琲店が舞台の話を思いついたんですが、珈琲豆のことやバリスタの仕事について調べて書いてみたら、ちょっと手応えを感じたんです。それからは、書きたいものが見つかったら、それにまつわる情報を集めてから掘り下げていくようにしています。
――『跡を消す』は、普段あまり見聞きすることのない仕事の様子が非常にリアリティをもって描かれていて、作者は特殊清掃の経験者なのでは、と選考会でも話題でした。
前川 そう感じていただけたのは嬉しいですが、違います(笑)。仕事の手順や現場の状況などは、特殊清掃を取り上げたドキュメンタリー番組を見たり、ノンフィクションを読んだりして、知識を得ていきました。長時間放置されたご遺体がどうなっていくか、といったことなどは、看護師として働く中での経験から、想像しやすかったというのもあります。ただ、自分が書きたかったのは、残されたものから見えてくる人の営みだったので、現場の惨状を必要以上に描写するするつもりはありませんでした。
死を肯定したい
――この物語を思いついたきっかけはなんですか?
前川 少し前に身内を失って、その死に何か意味を見いだしたくて、悶々としていたんです。もっと遡れば、東日本大震災のときに感じたことも根っこにあると思います。当時は東京にいましたが、よく知っている街が飲み込まれていき、通っていた高校が遺体安置所になったり、知人も亡くなったりして。当時の無力感とか、東京で平々凡々と暮らしていることへの自責の念とか……そういうものがずっと心にわだかまっています。そんなとき、たまたまインドの人から「インドの葬式は、死者を楽しく送り出すためにみんなで踊るんだよ」と聞いて。死は悲しいものとしてだけ捉えがちだけれど、死を肯定する、というか、もっといろんな見方をしてもいいんじゃないか、と思えたときに、生きること、死ぬことをテーマにした物語を書きたくなったんです。当初、葬儀屋の話にしようと思ったんですが、もっと人の日常生活に踏み込んだ仕事はないかな、と探していた時に、特殊清掃のことを知って。住人がいなくなったあとに残された部屋の様子や遺品という客観的事実を、その部屋に入った第三者の視点で積み重ねていくことで、誰かの人生を描き出せるんじゃないかな、と思ったんです。
――たしかに、住人たちがどんな人物だったのかが浮かび上がってくるようでした。
前川 どうやったらその人の生活状況を表現できるかは、とことん考えました。第一章は孤立死した高齢男性の部屋なんですが、外観のモデルにした木造アパートを毎日通勤途中に眺めながら、ここで暮らす人はどんな一日を過ごしているんだろう、と想像をめぐらせて。彼が壁に書き残した「寿司を食いたい。でも我慢」という一文にたどり着けた時には、よし! と手応えを感じました。
何者でもなかった暗黒時代
――主人公の浅井は、「クラゲのように生きたい」がモットーのフリーター青年ですが、彼はどのようにして生まれてきたのですか?
前川 実は、テーマとラストシーンが先に浮かんでいたので登場人物に関しては、後で肉付けしていったんです。浅井は、20代前半の自分を投影したところはありますね。僕は映画が好きで、映画監督は無理でも何らかのかたちで映画に関わりたくて、高校卒業後に上京し、スタイリストのアシスタントとして働いていたんです。でも3年で挫折しました。それから看護学校に入学するまでの半年間、フリーターをしながら誰にも会わず、深夜にコンビニに行くだけであとは家でずっと本を読んでいる、という暗黒の時代があったんですが、そのときの自分が何者でもないという焦燥感が核になっています。浅井は、思い詰めるというより、そこから目をそらしている、もう少し能天気な人物ですが。
――スタイリスト見習いから看護師に? まったく異業種への転職で、大変だったのでは……
前川 そうですね。学費を援助してもらう制度を使って病院で働きながら学校に通っていたので、とにかく忙しかったですし、指導も厳しかったです。排泄物の処理をしていて、具合が悪くなったこともありました。でも、また中途半端なままで仕事から逃げ出したら、自分は何者にもなれないまま終わってしまう。それが何よりもつらくて、頑張れました。目の前の仕事や相手と誠実に向き合っていくことが人間としての成長にもつながる、ということも浅井を通して描けたらいいな、という思いもありました。
――かたや社長の笹川は、毎日喪服を着て出勤してくる、という変わった人物ですが……。
前川 なんとか個性を出さなくてはと思い、まず外見から……(笑)。笹川は、とある事情から死に囚われて生きている人間なのですが、彼が浅井と出会って変化していくことで、死を肯定する、というメッセージを描けたら、と思っていました。
――金髪ギャルの廃棄物運搬業者・楓ちゃんや、デッドモーニングの事務で甘いものが大好きで料理上手な望月さん、浅井と笹川が出会う居酒屋「花瓶」の店主の悦子さんと、女性陣もそれぞれ個性的で素敵です。
前川 どうしても取り上げる内容が重くなってしまうので、優しい人たちを登場させたかったんです。楓や望月の過去は応募原稿にはなかったものですが、この仕事に携わっている人は、どんな思いでいるのだろう、と悩みながら考えていきました。みんな何かしら抱えているものがあるでしょうが、それときちんと向き合っている人たちは、人にも優しくなれるんじゃないかな、と思っています。
夢中になれるエンターテイメントを
――これからどんな作品を書いていきたいですか?
前川 読んでいる間夢中になれて、「ああ面白かった!」と感じてもらえるようなエンターテイメント作品を書いていきたいです。いつか、「◯◯文庫、夏の100冊」のようなフェアで、毎年展開してもらえるような、長く読み継がれる作品を書くことができたら、というのが、ひそかな野望です。
――最後に、読者の方にメッセージをお願いします。
前川 誰かが残した跡を消す人々について書きました。浅井の眼差しを通して、それぞれが営んでいた、たった一つしかない生活を感じてください。そして読み終わったあと、自分の生活を愛おしいと思ってもらえたらとても嬉しいです。
写真:村林千賀子/構成:編集部

- 前川ほまれ (マエカワホマレ)
- 1986年生まれ、宮城県出身。看護師として働くかたわら、小説を書き始める。2017年、「跡を消す」で、第7回ポプラ社小説新人賞を受賞。本作がデビュー作となる。