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美しく作りこんだ物語を 見事に転倒させて終わる野心作/倉数茂『名もなき王国』書評:金原瑞人(翻訳家)

『名もなき王国』書影

『黒揚羽の夏』『始まりの母の国』『魔術師たちの秋』と、SFやミステリの手法を用いながら、それぞれ趣向をこらして、読者を驚かせ喜ばせてきた倉数茂の四作目は、これまで以上の野心作。夢野久作、大坪砂男、中井英夫たちの傑作を思い切りモダンに作り替えると、こんなふうになるのかもしれない。また横光利一の文をこっそり紛れこませるなど、細部へのこだわりも楽しい。
『名もなき王国』の舞台は現代。主人公は、数冊本を出してはいるが、ほぼ無名の作家の「私」。私が、澤田瞬という、自分に似た境遇の若い作家と知り合うところから物語が始まる。ろくに本を出せないふたりだが、「書くことへの暗い情熱」を共有していることはすぐにわかり、たちまち打ち解けて、偏愛する作家や作品について語り合う。ふたりをかたく結びつけたのは、次の会話だった。私は得意そうに、ある女性作家の話をする。

「これはあなたも知らないと思う。一九六〇年代から七〇年代にかけて短編集を二冊出しただけなんだ。現在、存命かどうかすらわからない。ちょっとひねくれているが、独自の味わいがあると思う。もっと記憶されていい幻想作家だよ。短編集の名前はそれぞれ『琥珀』と『瑠璃』。作者の名は、沢渡晶」
 その瞬間、瞬の顔に浮かんだ歓喜の表情を今でも覚えている。
「沢渡晶。その名前を人の口から聞くのは初めてだ」
「じゃあ、知ってるんだ」私は失望した。

 知っているどころか、作家、沢渡晶の本名は澤田晶で、瞬の伯母だったのだ。それどころか、瞬は、伯母の手書きのノートまで持っているという。こうしてふたりはメールのやりとりを始め、二ヶ月に一度くらい会って飲むようになる。瞬のほうは二年前に妻と離婚している。私のほうも夫婦関係はうまくいっていなくて、最近、妻が家を出ていってしまった。
 こんな状況のなかで、ふたりの敬愛する作家、沢渡晶という女性と彼女にまつわる人々が描かれていく。沢渡は一九三八年、満州の新京の出身で敗戦後、日本にもどってきて、長いことひとりで暮らしていたが、あるとき入院して、そのまま一九九九年に死んだ。その他、満州で死んだ父親のこと、内地にもどって病院を経営した長兄のこと、結核を患った次兄のこと、などなど。彼女のペダンティックな生き方とその背景が一種のファンタジーのように書かれていくのだが、それをさらに増幅するのが、この作品のまんなかに差しはさまれた、彼女の五編の作品だ。
 中編小説「燃える森」は、一九六〇年前後、砂川事件や安保闘争でデモが繰り返し行われた騒然とした世相を背景に、大学生の寧子を中心に、都内の医院での出来事が語られていく。この作品の核に、新京から引き揚げる途中での事件で、恐怖小説のような仕掛けがうまくしつらえてあって、山川方夫の「夏の葬列」を思わせるような強烈な印象を残す。
 それに続く掌編、「少年果」「螺旋の恋」「海硝子(シーグラス)」「塔(王国の)」は幻想的な意匠を凝らした極小の輝きのあちこちに、作者、沢渡晶がきらめいている。
『名もなき王国』の構造的な楽しさは、これら五編だけで十分なのだが、その前に、沢渡晶の甥、澤田瞬の書いた中編「かつてアルカディアに」が置かれているところがおもしろい。これは近未来、細菌性の奇病に襲われて隔離された町が舞台で、主人公の少女は、奇病に冒されて十数年も昏睡したままなのに老いることのない祖母の世話をしている。そこへ「外」から男が祖母に会おうとやってくる。これに、町から脱出したくてたまらない少年がからむ。
 このように「私」の語り始めた物語は、これら数編を経て、ふたたび「私」の物語にもどる。それも、妻の藍香が家を出ていった時点から八年前が舞台だ。中国の大学で日本語を教えていたところ、そこを首になり、帰国。無職で四十代を迎えた私は、いくつかの職業を転々としたのち、デリヘル嬢を送り迎えする運転手になって、その関係で、まだ大学院生だった藍香に出会う。この、それまでの流れをまったく無視するかのようなリアルな現代小説風の「世界」への突然の移行に戸惑う読者は多いはずだ。しかし、最後の最後で、しっかりとした現実世界そのものがひっくり返る。
 じつに細かく、ていねいに、あでやかに作りこみ、展開させてきた物語世界を見事に倒壊させてみせる、歌舞伎でいう「屋台崩し」にも似た大技に、思わず微笑む読者は少なくないはずだ。


編集部注:倉数茂『名もなき王国』は、2018年8月4日、ポプラ社より発売予定です。

プロフィール

金原瑞人 (カネハラミズヒト)
法政大学教授・翻訳家。訳書は『不思議を売る男』『月と六ペンス』『アラスカをおいかけて』など、500冊以上にのぼる。


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