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   プロローグ 死の都、東京


 西暦二〇一三年の四月上旬。数年ぶりに見る東京の街は晴天だった。
 さんさんとふりそそぐ春の陽射し。すんだ青空。
 建ち並ぶ高層ビル街をながめているうちに、吉住利夫の目には、いつしか涙がにじんでいた。
 潜望鏡の小さな視界の中に、銀色で特徴的な形をしたテレビ局の・・・いや、テレビ局だった巨大な廃墟が、手が届きそうなほど近くに見える。
 遠くかすんで見える富士山は昔と変わらぬ美しい姿を見せていた。
 七合目付近の雪はすこし溶けかけて、ゆるやかな稜線を見事に浮き上がらせている。
「ヨシズミ。潜望鏡じゃよく見えないだろ。こっちを見たまえ」
 シモン・マクラウド艦長は、利夫の肩にやさしく手を置くと、かたわらの液晶モニターを見るようにうながした。
「すみません。艦長」
 利夫は涙声になった英語で感謝の言葉をかえす。
 吉住利夫。三十歳。地質学者。
 雪やけで黒くなって、しかしほっそりとしてととのった顔の青年学者は、自らの生まれ育った故郷、東京を目の前に、ぽろぽろと涙を流していた。
 ペコリと頭をさげてから利夫は潜望鏡から顔をはなし、画面に見入った。
 低速で飛行する無人偵察機に積まれたデジタルカメラが町の様子をズームアップしていくと、そこに真っ白で、笑ったような顔に見える白骨が映し出された。
 あちこちひび割れて雑草が茂った道路の真ん中に倒れている、男性か女性かもわからない白骨遺体の手には、懐かしい携帯電話が握られているのがわかる。
 ――あの人は、誰と話しながら亡くなったんだろう? ・・・いや、最期の時、ちゃんと相手と話せたのかな? 妹の則子も、この東京のどこかで、ああして骨になっているのか。
「アングルを変えて最大望遠にきりかえます。・・・ああ。こりゃあ、ヒデぇなぁ」
 ロシア人で通信士のミハイロビッチが眉をしかめて唇を噛む。
 そこに映し出された風景は、まさに死者の国そのものだった。
 古びた東京タワーは倒れもせず、青空を突くようにそびえ立ち、その下には増上寺の森が黒々とうずくまっている。
 青白くうねる首都高速道路の上はさまざまな種類の車でぎっしりと大渋滞しているが、どれも止まったままで動くものはない。
 東海道線の錆びたレールの上には数両の電車の残骸がひっくりかえり、そのかたわらには新幹線のぞみ号が、かつて鮮やかな白と青に塗られていたボディを灰色に汚したあわれな姿で静止したままになっている。
 あたり一面、線路といわず道路をいわず名も知れぬ雑草が人の背より高く生い茂って、春風にさやさやと揺れていた。
 利夫は心の中で、静かに考えた。
 ――植物は死んでいない。むしろ昔より増えているぐらいだ。・・・海面下数センチに棲むプランクトンは生きているし、それを食べる小魚も生きている。でも、海面上に浮かんでいた海鳥は死滅してしまった。・・・それじゃあ海と陸の間、渚や岩場に棲む海棲生物はどうなんだろう。・・・カニ、貝、イソギンチャク。ええと、それから・・・。

 あれこれと考えているうちに、モニターの画像がきりかわった。
 今度は春風に吹かれて揺れている満開の桜並木と住宅街が見えた。
 草ぼうぼうの庭や道沿いのコインパーキングには春の花が咲き乱れ、小さな公園の砂場に真っ赤に錆びた三輪車が置き去られているのを見て、利夫はさらに胸を締めつけられた。
 黄色い花はタンポポだろうか、まるで花畑みたいな、一面の花園の中に、大きな機関砲を車体に乗せた自衛隊の装甲車が、まるで三輪車の親でもあるかのように静かに沈黙している。
(続)