ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

銀
94
銀

堀田善衞『鶴のいた庭』
小山いと子『石段』
川崎長太郎『兄の立場』


Illustration(c)Sumako Yasui

しろがねの波
遥かな家族の物語

北の海の廻船問屋、望楼のある古家の庭で老人が鶴を追う――。かつて帰船の宴や客人でにぎわった旧家の話(堀田善衞『鶴のいた庭』)。旅先で出会った子どもは、脚の悪い父の野卑で傲慢なふる舞いを恥じているようだった。親子の情愛の絆を一瞬の光景に刻みこんだ小山いと子『石段』。作家志望の「私」のかわりに魚屋の跡継ぎと決められた小学生の弟。「私」は気がとがめてならないが…(川崎長太郎『兄の立場』)。銀波の残映のようによみがえる記憶、海辺の家族の物語。

著者紹介

堀田善衞 ほった・よしえ 1918-1998
富山県生まれ。慶應義塾大学卒業。 1951年の『広場の孤独』『漢奸』で芥川賞を受賞。 乱世の中で歴史と向き合う人物を数多く描き、 アジア・アフリカ作家会議の推進にも力を入れた。 その他代表作に『方丈記私記』『ゴヤ』ほか。

小山いと子 こやま・いとこ 1901-1989
高知県生まれ。本名・池本イト。 社会的視野を持った作品を数多く手がけ、 1950年に『執行猶予』で直木賞を受賞。 人生相談の回答者を長年務めたことでも知られる。 代表作に『熱風』『オイルシェール』『皇后さま』ほか。

川崎長太郎 かわさき・ちょうたろう 1901-1985
神奈川県・小田原生まれ。 徳田秋声に師事したのち、 小田原の生家の物置小屋で暮らしながら、 私娼窟を題材にした私小説で人気を博す。 代表作に『路草』『抹香町』など。

編集者より

家・家族を描いた3篇。お勧めは川崎長太郎の『兄の立場』で、長男の自分が文学を志して東京に出てしまったために、家業の魚屋を継がざるをえなくなった弟への思いを、飾り気のない率直な言葉で綴った私小説です。著者の川崎長太郎は、半世紀にわたってひたむきに私小説を書き続けてきたことに対して1977年に菊池寛賞を授与されていますが、この『兄の立場』は私小説作家・川崎長太郎の出発点ともいえる作品。西村賢太や小谷野敦らを通じて「平成の私小説」に注目が集まっている現在だからこそ、かつて「私小説の極北」と呼ばれた川崎の作品にも、ぜひ触れてみていただきたいと思います。(A)