ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

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泪
92
泪

深沢七郎『おくま嘘歌』
島尾ミホ『洗骨』
色川武大『連笑』


Illustration(c)Sumako Yasui

無言の優しさ
懐かしい空を見上げて

二人の子どもを育てあげた「おくま」は、身体が辛くても鶏の飼育や孫のお守りなど働くことをやめない。庶民の母の見事な最期(深沢七郎『おくま嘘歌』)。先祖の骨を川で洗い浄めた夜、島人たちは生死をこえた安らぎのなかに舞う(島尾ミホ『洗骨』)。幼い日、どこへでもついてきた弟は「私」の唯一の理解者だった。世間になじめず漂泊する兄と、勤め人として生きる弟の心の絆を描いた、色川武大『連笑』。そばにいるからこそ伝えられない肉親の情に、じわりと胸が熱くなる三篇。

著者紹介

深沢七郎 ふかざわ・しちろう 1914-1987
山梨県生まれ。 ギタリストとして活動したのち、 42歳のとき、『楢山節考』で中央公論新人賞受賞。執筆の傍ら、農場や今川焼き屋も開く。その他の作品に『風流夢譚』『東北の神武たち』 『みちのくの人形たち』など。

島尾ミホ しまお・みほ 1919-2007
鹿児島県加計呂麻島生まれ。 作家島尾敏雄の妻で、 夫の作品を清書するうちに文学の世界へ。 1975年に『海辺の生と死』で田村俊子賞、 南日本文学賞を受賞。 ほかに『潮鳴り』『祭り裏』など。

色川武大 いろかわ・たけひろ 1929-1989
東京生まれ。 旧制中学退学後、雑誌編集者などを経て、 1961年に『黒い布』で中央公論新人賞受賞。 阿佐田哲也名義の『麻雀放浪記』で人気を博した後、 1978年に『離婚』で直木賞を受賞した。 その他代表作に『怪しい来客簿』『百』『狂人日記』など。

編集者より

 家族とは近そうで、遠い。今の時代、思っていることを表に出すことがよしとされているが、ちょっと昔の日本の家族には奥ゆかしさのようなものがあったと思う。家族だからこそ、言いたいことが言えない。深沢七郎の『おくま嘘歌』は『楢山節考』を髣髴とさせるような、かつてはありふれていただろう、個ではなく家族のため村のために生きたお婆さんの立派な最期に感嘆する。色川武大の『連笑』もまた、兄弟の無言のやりとりにじんとくる。一文一文を読みながら、本心を明かさない二人をまんじりと見守っていることに気づく。島尾ミホの『洗骨』は「トゥモチ」の日を描き、遠い祖先たちに思いを馳せている。肉親同士の距離のとり方が絶妙で、直截的な表現を使っていないからこそ、他者を思う温かなものを余計に感じることができる。(Y)