ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

怪
90
怪

五味康祐『喪神』
岡本綺堂『兜』
泉 鏡花『眉かくしの霊』


Illustration(c)Sumako Yasui

魅せられたら
帰り道はなくなるのだ

隠棲した剣客・幻雲斎は、諸国に名をとどろかせた妖剣の奥義を、ひとりの若者に授ける。弟子と師匠がまみえる劇的な瞬間を描く五味康祐『喪神』。「こんな縁起の悪いものは早く手放して仕舞いとうございます」江戸時代から伝わる古い兜の不気味な来歴(岡本綺堂『兜』)。湯殿に近づくと提灯が消え、どこからか白粉を包んだような人肌の気が迫ってきて…。木曽路の旅籠を舞台に語られる、艶めかしくも恐ろしい話(泉鏡花『眉かくしの霊』)。妖しい血と情念がざわめく三篇。

著者紹介

五味康祐  ごみ・やすすけ 1921-1980
大阪市生まれ。1953年、日本浪曼派の流れを汲む『喪神』で芥川賞を受賞。剣豪小説で人気を博し、音楽、麻雀、手相など多趣味なことでも知られた。代表作に『柳生武芸帳』『薄桜記』など。

岡本綺堂  おかもと・きどう 1872-1939
東京・高輪生まれ。本名・敬二。新聞記者を経て劇作家となり、『修禅寺物語』などで新歌舞伎を確立。江戸市井を描いた小説も数多く執筆し、『半七捕物帳』は広く読者に親しまれた。他の作品に戯曲『鳥辺山心中』、小説『三浦老人昔話』など。

泉 鏡花  いずみ・きょうか 1873-1939
石川県金沢生まれ。本名・鏡太郎。17歳で上京後、縁故を頼って尾崎紅葉門下に。自然主義文学台頭期に一時低迷したが、江戸文芸を受け継ぐ作家として再評価された。主な代表作に『外科室』『高野聖』『婦系図』『歌行燈』『天守物語』など。

編集者より

この巻に収録したのは、日本の時代劇作家が描く怪異譚。もっぱらショッキングさが身上という近頃のホラーとは違って、情緒と格調の中に「奇妙な味わい」を堪能できる三篇です。『喪神』は剣豪小説の第一人者・五味康祐の出世作ですが、剣の奥義を究めて無心に至るさまは玄妙の一言。夏だから怪談をというむきには岡本綺堂の『兜』と泉鏡花の『眉かくしの霊』をお奨めします。特に『兜』のほうは、幽霊や妖怪が出てくるわけでもないのに、かなり怖い作品。これを読んだあとは、左の眼の下に小さい痣のある女性を見かけたら、気になってしかたがなくなるかもしれません。(A)