ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

逃
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逃

田村泰次郎『男鹿』
ゴーゴリ『幌馬車』
ハーディ『三人の見知らぬ客』


Illustration(c)Sumako Yasui

見つかるな!
地の果てまで行け

復員後、焼け跡の東京で殺人犯となった戦友は、天城の稜線に姿を消した。元刑事の訪問を機に、「私」は旧友の足どりを追い始めるが…。謎めいた精神の軌跡を描いた田村泰次郎の『男鹿』。大げさな自慢話から、うっかり上客を迎えることになった男の、滑稽な身の処し方(ゴーゴリ『幌馬車』)。豪雨の夜、祝宴が繰りひろげられる家に、招かれざる客が一人、また一人とまぎれこむ。牧羊地の闇にひそむ恐るべき事件(ハーディ『三人の見知らぬ客』)。逃亡者たちが放つ、鮮やかな一瞬の物語!

著者紹介

田村泰次郎  たむら・たいじろう 1911-1983
三重県生まれ。早稲田大学在学中から執筆活動を開始し、戦争中は兵士として中国各地を転戦。『肉体の悪魔』や『肉体の門』など、男女の肉体を通じて魂に迫った作品を発表し、肉体派作家と呼ばれた。他の作品に『春婦伝』『蝗』『地雷原』などがある。

ゴーゴリ  Nikolai Gogol 1809-1852
ウクライナ生まれのロシアの小説家・劇作家。民話を取り入れた短篇集で文名を高め、ペテルブルクを舞台にした『ネフスキー大通り』『狂人日記』などが人気を博した。他の代表作に『鼻』『外套』『死せる魂』ほか。

ハーディ  Thomas Hardy 1840-1928
イギリスの小説家・詩人。南イングランド出身。建築家助手を経て作家になり、1874年『狂乱の群れを離れて』で地位を確立。ウェセックス地方を舞台とする作品を多く書き、晩年は詩作に専念した。その他の代表作に『帰郷』『テス』『覇王たち』など。

編集者より

 逃げる男を描いた三篇です。『男鹿』は男が鹿に変身して逃げていくという物語。その背景には戦争体験という巨大な闇があり、解にたどり着けない迷宮に読者を引きずり込みます。著者の田村泰次郎は足かけ七年間、戦地で死線をさまよった経験を持っているだけに、この作品もただの幻想譚と言い切れないような、生々しいリアリティをもって迫ってきます。ハーディ『三人の見知らぬ客』に出てくる男も生死をかけた逃避行を繰り広げますが、こちらはそのくそ度胸が逆にユーモラスで、清々しさすら感じさせる作品。でも、読者にとっていちばん身近と思える存在は、やっぱりゴーゴリ『駅馬車』の主人公でしょうか。誰でも一度くらいは、この男のように居留守を使ったことがあるのでは?(A)