「貧しい、親きょうだいのために働き通した一生が此処に睡っている」——ある芸妓の葬儀に参列するため、逕子は久々に故郷の土を踏んだ(若杉鳥子『帰郷』)。三十三で死ぬと考えることで命の尊さを分かった気になっていたお葉。だが、年老いた母が浴場で呟いた一言に、生の本当の意味を感じとる(素木しづ『三十三の死』)。一時は死による逃避を考えた「私」が、復興途上の広島に見いだした平和への希望と祈り(大田洋子『残醜点々』)。過去も現実もしなやかに受けとめ、綴ることで明日の希望を紡ぎだしてきた女性作家たちの軌跡。
若杉鳥子 わかすぎ・とりこ 1892-1937
東京・下谷生まれ。生後まもなく茨城の芸妓置屋の養女に。横瀬夜雨の指導を受けて歌人として活動し、その後、プロレタリア作家として評価された。代表作に『烈日』『梁上の足』『帰郷』など。
素木しづ しらき・しづ 1895-1918
北海道札幌生まれ。本名・志づ。17歳のとき右足を切断した後、作家を志して森田草平に師事する。新進作家として期待を集めたが、肺結核のため22歳の若さで他界した。代表作に『青白き夢』『たそがれの家の人々』ほか。
大田洋子 おおた・ようこ 1903-1963
広島市生まれ。本名・初子。1940年、懸賞小説に『桜の国』が入選。東京で作家活動を行っていたが、疎開先の広島で被爆。その惨状を『屍の街』に記録した。その他代表作に『流離の岸』『半人間』など。
若かった頃、捨ててきた故郷にもう一度足を踏み入れる女、年老いた母と自分の病と向き合う女、戦禍と人生の荒波の中で一時は絶望の淵に追い詰められた女…。自らの運命を一身に受け止めて執筆し、時代の中で懸命に生きた女作家たち。彼女たちが咲かせた深紅の花のような三篇。(R)