十五歳の夏休み、都会から海辺の村にやって来た「私」の前に、幼馴染みだった少女が一人前の娘になって現れた。思春期の淡い恋を描く、堀辰雄の『麦藁帽子』。いつまでも仲良しでいようと誓い合った二人の少女。だが、久しぶりの再会が、それぞれの心に微妙なずれを生じさせていく(ウンセット『少女』)。「ぼくは誰とも結婚なんかしないよ」。失恋し、傷心で帰郷したアントニオだったが、美しくひたむきな田舎娘コロンバに出逢い、思いがけず愛の情熱を知る(デレッダ『コロンバ』)。ほろ苦く甘美に押し寄せる、遠い日の記憶。
堀辰雄 ほり・たつお 1904-1953
東京・平河町生まれ。東京帝国大学在学中から同人誌に作品を発表。1930年『聖家族』で文壇の注目を集め、昭和のモダニズム文学に新風を吹き込んだ。代表作に『風立ちぬ』『かげろふの日記』『菜穂子』など。
ウンセット Sigrid Undset 1882-1949
デンマーク生まれのノルウェーの作家。16歳から事務員として働きながら、1907年に『マルタ・オウリー夫人』を発表。中世を舞台にした優れた歴史小説を書き、28年にノーベル文学賞を受賞した。代表作に『クリスティン・ラヴランスダッテル』ほか。
デレッダ Grazia Deledda 1871-1936
イタリアの作家。サルデーニャ島に生まれ、十代のころから小説を書き始める。郷土の自然と人間を写実的に描いた作品が高く評価され、1927年にノーベル文学賞を受賞。代表作に『エリアス・ポルトル』『灰』など。
思春期・青春時代の恋と友情にまつわる三篇です。堀辰雄といえば、今でも根強い人気があって、青春と文学を語る上では欠かすことができない作家。しかし、ウンセットとデレッダについてはご存じない方も多いのではないでしょうか。ウンセットはノルウェーの、デレッダはイタリアの、わが国では比較的馴染みの薄い女性作家です。といっても、世界的に見れば決して無名の存在ではありません。それどころか、ともにノーベル文学賞受賞者で、ウンセットが1928年度、デレッダが1926年度と、ほぼ同時期の受賞です。特にウンセットのほうは、その肖像がノルウェーの紙幣にも使われているそうですから、国民的作家と呼んでもさしつかえないでしょう。この巻に収録した『少女』は、いつまでも仲良しでいようと誓い合った親友同士が、出来事とすら呼べないような些細な出来事のせいで気まずい関係になってしまうさまを描いた、思わず「あるある!」と肯きたくなる小品。大河歴史小説が代表作のウンセットですが、こんな短篇があるならもっと読んでみたいと思わせる、思春期の一断面を鮮やかに切り取った佳作です。(A)