「自らの星」を信じ、名声をほしいままにしてきた画家ヨナ。やがて訪れた孤独と沈黙の果てに、彼が見出した幸福な光とは(カミュ『ヨナ』)。描いた絵が実体となるチョークを手に入れたアルゴン君は新しい世界の創造に乗り出した(安部公房『魔法のチョーク』)。老いた母との生活を捨て、青年が辿り着いた豪奢な邸宅。ヴァイオリンの音に導かれて立ち上がる記憶と幻惑の数々(サヴィニオ『「人生」という名の家』)。壁の如く立ちふさがる、不条理と超現実の世界。
カミュ Albert Camus 1913-1960
アルジェリア生まれのフランスの小説家、劇作家。『異邦人』が反響を呼び、『ペスト』がベストセラーに。1957年にノーベル文学賞を受賞したが、自動車事故で急死。その他の作品に戯曲『カリギュラ』短篇集『追放と王国』など。
安部公房 あべ・こうぼう 1924-1993
東京出身。本名・公房(きみふさ)。東京大学医学部卒業後、1951年、『壁――S・カルマ氏の犯罪』で芥川賞受賞。実験的な作風で世界的に人気を博し、劇作家、演出家としても高く評価された。代表作に『砂の女』『他人の顔』『友達』など。
サヴィニオ Alberto Savinio 1891-1952
イタリアの作家、画家、作曲家、批評家。本名はアンドレア・デ・キリコで、兄は画家のジョルジョ・デ・キリコ。音楽を学んだ後、パリで前衛芸術家と交友。兄が創設した形而上絵画派の運動に加わったほか、シュルレアリスム的作風の執筆活動をおこなった。代表作に『ヘルマフロディート』ほか。
挫折する男たちの姿をシュールに描いた三篇。アルベール・カミュと安部公房は説明不要の巨匠ですが、アルベルト・サヴィニオはまさに知る人ぞ知る作家といってもいいでしょう。本名をアンドレア・デ・キリコといい、シュルレアリスムに大きな影響を与えた画家ジョルジョ・デ・キリコの弟です。作家としてはもちろん、画家としても優れた作品を残していますが、もともとは作曲家として出発した人で、アテネ音楽院を卒業したのちマックス・レーガーに師事して作曲を学んだというキャリアの持ち主。そういえば、ここに収めた『「人生」という名の家』でも、家の中から聞こえてくるバイオリンが重要な役割を果たしています。この作品を読んでいるあいだ、私の頭の中ではずっと音楽が流れていました。文章を通して、作品の中で奏でられる調べに耳を傾け、鮮やかな色彩に目を奪われ、芳しい香りに酔いしれるのもまた、読書する楽しみのひとつなのです。