目が見えぬ妹の世話で自分を構ってくれぬ母に、健はご機嫌ななめ。親子の情愛にほのぼのと心温まる、壺井栄『大根の葉』。「一大事! 家内が産の気が附いたようだという」――産婆の言うがまま、唸る産婦にたじろぎながらただ待つしかない男親。小さき者への愛情が見事に描かれた、二葉亭四迷『出産』。越してきた僻村で子供が病気に。背負ったわが子に懸命の声をかけ、「私」は峠の向こうの診療所へひた走る(葉山嘉樹『子を護る』)。子を思う親の心、親を思う子の心。いつの世も変わらぬ無償の愛がここにある。
壺井 栄 つぼい・さかえ 1899-1967
香川県小豆島生まれ。プロレタリア詩人の壺井繁治と結婚後、自らも小説を執筆するようになる。『大根の葉』で認められた後、幅広く活躍した。その他に『坂道』『母のない子と子のない母と』『二十四の瞳』『裲襠』など。
二葉亭四迷 ふたばてい・しめい 1864-1909
江戸・市ヶ谷生まれ。本名・長谷川辰之助。外交官を志してロシア語を学んだ後、日本近代小説の幕開けとなる『浮雲』を執筆。ロシア文学翻訳者としても大きな功績を残した。その他の代表作に『其面影』『平凡』、翻訳に『あいびき』『片恋』など。
葉山嘉樹 はやま・よしき 1894-1945
福岡県生まれのプロレタリア作家。獄中で執筆した『淫売婦』で注目を浴びる。その後中津川に移住して作家活動を続け、第二次大戦末期には満州開拓団に参加した。その他の作品に『セメント樽の中の手紙』『海に生くる人々』『子を護る』など。
いずれも日本人作家による三篇、親子の情愛が淡く描かれ、しみじみとした温かさの残る作品です。二葉亭四迷の超短篇『出産』は、わが子誕生までの数時間を男親の視点で描いたもの。産気づいた妻を前にひたすら動揺し、産婆を呼びに行ったものの相手の態度が悪いと文句を言い…。この作品を発表して二年後、新聞特派員として赴任していたロシアで体調を崩し、帰国途中に亡くなってしまう四迷ですが、ユーモアと大らかさに満ちた親心を感じる名短篇、ぜひご一読ください。(S)