ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

蕾
72
蕾

小川国夫『心臓』
龍胆寺 雄『蟹』
プルースト『乙女の告白』


Illustration(c)Sumako Yasui

かたく、青く――
まだ見ぬ世界を想う

房雄の心は則子と綾子、二人の異性の間で揺れ動く。青春期の抑えきれない胸の高鳴りが聴こえてくる小川国夫の『心臓』。小学生の象一は、道草をして工場町の石垣に小さな「動物園」を作った。そこへ筑紫という少女が現れて…モダニズム作家・龍胆寺雄が描く子どもたちの放課後(『蟹』)。「悪にはどんな小さな場所でも決して作ってやってはいけませんよ」。最愛の母を裏切ったことを悔いるうら若き女は、ある衝撃の事件を告白した(プルースト『乙女の告白』)。未熟ゆえに烈しく、秘められた心を描く三篇。

著者紹介

小川国夫  おがわ・くにお 1927-2008
静岡県生まれ。東大在学中にフランスへ留学し、帰国後『アポロンの島』を発表。後に島尾敏雄に評価され、注目を集める。地中海や郷里を舞台にした作品が多く、代表作に『海からの光』、『逸民』(川端康成文学賞)。カトリック作家として『或る聖書』を著している。

龍胆寺 雄  りゅうたんじ・ゆう 1901-1992
千葉県生まれ。本名・橋詰雄。慶大医学部を経て、『放浪時代』を発表。『アパアトの女たちと僕と』『魔子』を通じて流行作家となるが、文壇を批判する『M・子への遺書』を発表して波紋を呼んだ。サボテン研究家としても知られ、随筆『シャボテン幻想』を発表している。

プルースト  Marcel Proust 1871-1922
パリ西部のオートゥイユ地区に生まれる。1896年に初の著書『楽しみと日々』を出版。初期には、没後に刊行された『ジャン・サントゥイユ』などを執筆する。生涯、全7篇におよぶ大作『失われた時を求めて』に取り組んだ。

編集者より

花が咲きほこる前の「蕾」の内部のような、秘められた烈しさと、淡い思いを描いた3篇です。二人の女性に想いを寄せられて、心中ドキドキの『心臓』。昭和初期のモダニズム、町の空気が伝わってくる『蟹』。そして、『乙女の告白』は、プルースト初期の作品。のちに書かれる大作『失われた時を求めて』にも共通する、同性愛や母親との関係性の問題が描かれています。フランス文学者・鈴木道彦先生が、20代の時に訳された底本のテキストに、今回新たに手を加えてくださっていますので、ぜひお読みいただけたらと思います。(R)