道に迷いベージンの野と呼ばれるところへ出た私は、馬番の子供たちと一晩を過ごすことになった。やがて、子供たちのよもやま話がはじまって……(ツルゲーネフ『ベージンの野』)。純朴な羊飼いが、憧れのお嬢さんと二人きりで星空を見あげた一夜を清々しく描いた小品(ドーデー『星』)。恋する女に貢ぐために盗みを働くようになった男の、壮絶な転落の記録(シラー『誇りを汚された犯罪者』)。貧しく、野に生きることを宿命づけられた人々の、喜びと哀しみ。
ツルゲーネフ Ivan Turgenev 1818-1883
ロシアの小説家。農民の姿を描いた『猟人日記』が高く評価され、長篇『ルージン』で作家としての地位を確立。長年パリに住みつつ、ロシア社会の問題を描いた。その他の代表作に『初恋』『父と子』など。
ドーデー Alphonse Daudet 1840-1897
フランスの小説家・劇作家。南仏ニームに生まれ、貧しい少年時代を送った後、17歳でパリに出て文筆活動に入る。深い観察力と弱者への温かい眼差しで、多くの人々に愛された。代表作に『風車小屋だより』『アルルの女』など。
シラー Friedrich von Schiller 1759-1805
ドイツの詩人、劇作家、歴史家。22歳で発表した『群盗』で成功を収める。その後、歴史学、カント哲学、美学を研究、ゲーテとともにドイツ古典主義を確立した。その他の代表作に『ヴァレンシュタイン』『オルレアンの少女』『ヴィルヘルム・テル』など。
ツルゲーネフの『ベージンの野』とドーデーの『星』はそれぞれ『狂人日記』『風車小屋だより』という我が国では馴染み深い短篇集に収録されています。『狂人日記』は、明治時代にその一部が二葉亭四迷の名訳で紹介されるや、美しい自然描写が当時の日本人作家に大きな影響を与えたという、近代日本文学史にとっても重要な作品。一方の『風車小屋だより』は、牧歌的で温かみのある雰囲気が多くの読者に愛されてきました。そして『誇りを汚された犯罪者』は人間の真実を見つめた視点がドイツの森に潜む暗さと見事に結び付いた作品。三者三様の『野』をお楽しみください。(A)