アフリカに送り込まれた貿易会社の二人の社員。出世を夢見て交易所に寝泊りを続けるが…。辺境で「文明」を担った男たちが圧倒的な不安に崩れ落ちていく様を描いた『進歩の前哨基地』(コンラッド)。フィリピンの戦線を舞台に、戦友の心を歪めていく組織悪の根源にせまった大岡昇平の『暗号手』。残虐な欲望に身をゆだね、取り返しのつかない過ちを犯した男が清らかな愛をとりもどすまでの感動の物語(フロベール『聖ジュリアン伝』)。極限に浮かび上がる人間の裸像。
コンラッド Joseph Conrad 1857-1924
ポーランド生まれのイギリスの小説家。20年に及ぶ船員生活を経て作家となる。航海時代の経験や異郷を題材にした作品が多く、海洋小説作家、冒険物語作家として知られる。代表作に『闇の奥』『ロード・ジム』など。
大岡昇平 おおおか・しょうへい 1909-1988
東京・牛込生まれ。会社勤めをしていた35歳の時に応召、フィリピン・レイテ島で米軍の捕虜に。戦争体験を元にした『俘虜記』が出世作となる。『武蔵野夫人』『事件』などベストセラーも多い。スタンダール研究、翻訳でも多くの業績を残した。
フロベール Gustave Flaubert 1821-1880
フランスの小説家。幼少時、外科医だった父親の病院で手術室や解剖教室を遊び場としたことが、後の緻密な観察力を培ったといわれる。代表作『ボヴァリー夫人』は写実主義文学の祖とされる。
コンラッドの『進歩の前哨基地』は今から100年以上も前に書かれた、植民地時代のアフリカを舞台にした小説ですが、時代を現代に置き換えてもそのまま通用しそうな物語で、タイトルにある「進歩」という言葉がとても皮肉っぽく聞こえます。いつの時代にもマコラのようなしたたかな人間はいるし、仲間同士の内輪もめはほんのささいなことから生じる、というわけですね。この作品を読んだとき、似たような小説を前にも読んだことがある気がして思いだしたのが、石原慎太郎の『秘祭』でした。こちらは、沖縄の離島に出向いたリゾート開発会社の男が現地のタブーに触れてしまうという物語。内容は全然違うのですが、両者の結末にはどこか共通するものが感じられます。(A)