ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

宿
65
宿

尾崎士郎『鳴沢先生』
長田幹彦『零落』
近松秋江『惜春の賦』


Illustration(c)Sumako Yasui

どうか、今晩だけ
羽を休めさせてください

「今夜と明日の晩だけ――明後日になればきっと払えるからね」。簡易宿泊所の常連にして無銭飲食の常習者、ナルザワ先生の恬淡たる生き様(尾崎士郎『鳴沢先生』)。冬間近い北海道で出会った零落の旅役者一座に、同情の念を禁じ得ない私。自らの放浪体験に題材を取った長田幹彦の出世作(『零落』)。病床に臥せった故郷の老母に思いを残しつつ、男は遊興にふける。美しい春の風景が胸に沁みる(近松秋江『惜春の賦』)。浮浪、落魄、そして漂泊――仮の宿に人生を託した男たちの物語。

著者紹介

尾崎士郎おざき・しろう 1898-1964
愛知県生まれ。早稲田大学中退後、社会主義者として活動。大逆事件を題材にした作品で作家活動をはじめ、『人生劇場』で一躍人気作家となった。その他の作品に『篝火』『ホーデン侍従』『天皇機関説』など。

長田幹彦ながた・みきひこ 1887-1964
東京生まれ。早稲田大学入学後、北海道を放浪。旅役者の生活を描いた『澪』で作家デビュー。その後も「祇園もの」の作品で人気を博し、作詞家としても活躍した。代表作に『零落』『祇園夜話』など。

近松秋江ちかまつ・しゅうこう 1876-1944
岡山県生まれ。本名徳田浩司。東京専門学校(現・早稲田大学)在学中から新聞に評論を執筆。女性への執着を描いた作品によって、破滅型私小説の型を完成させた。代表作に『別れたる妻に送る手紙』『黒髪』など。

編集者より

流れ者となって一所に留まることなく人生を過ごす。65巻『宿』はそんな男たちの自由で孤独な生き様を描いた巻となっております。三作品の主人公はいずれもいい男とは言いがたいのですが、憎むどころかなぜか魅かれてしまうのです。尾崎士郎『鳴沢先生』は、家庭をもたず、ラジオ飲食(無銭飲食)を得意とする元学校の先生。長田幹彦『零落』は、地方の旅芸人等と一季を過ごす東京の粋人。近松秋江『惜春の賦』は老母を置いて遊興にふける男。哀愁ただよう味わい深い物語と一緒に、その人間性にもご注目ください。(Y)