手練れの実業家・デュランドーは、「醜さ」を商うという意表を突いた商売で一儲けしようと画策する。人間心理の妙が痛快なゾラの『引き立て役』。「今頃になってわたしは急に花になりかけている」――巴里で出会った年下の青年への恋心を燃え上がらせる、中年の「わたし」(深尾須磨子『さぼてんの花』)。生真面目で世間知らずの医学生ウジェーヌは、貧しくとも健気に生きるお針娘たちに出会い、心を動かされてゆくゆく(ミュッセ『ミミ・パンソン』)。賑やかな華の都、パリを舞台にした喜怒哀楽の物語三篇。
ゾラ Émile Zola 1840‐1902
フランスの作家。『テレーズ・ラカン』で文壇に登場し、自然主義文学を提唱した。全20作におよぶ長篇小説群「ルーゴン=マッカール叢書」を通じてフランス社会の有り様を描く。個々の作品に『居酒屋』『ナナ』『ジェルミナール』など。
深尾須磨子 ふかお・すまこ 1888-1974
兵庫県生まれ。詩人。夫の遺稿詩集『天の鍵』出版を機に与謝野晶子の知遇を得、詩を発表しはじめる。幾度も渡欧し、フルートや性科学を学んだ。詩集に『真紅の溜息』『牝鶏の視野』、作品集に『マダム・Xと快走艇』などがある。
ミュッセ Alfred de Musset 1810-1857
フランスの詩人・小説家・劇作家。1930年に詩集『スペインとイタリアの物語』を刊行、ロマン主義全盛期に活躍した。ジョルジュ・サンドと交際し、そのいきさつを小説『世紀児の告白』に著した。戯曲に『戯れに恋はすまじ』など。
『巴(ぱ)』は、パリに縁の深い作家たちの、パリを舞台にした作品を収録。芸術家たちが集い、思い思いの創作活動にいそしんだ時代の街の活気が感じられます。ミュッセの活躍したロマン主義の時代から、モーパッサン(40巻『瞳』収録)らの写実主義、そしてゾラの自然主義文学へ。フランス文学の変遷を、作品とともに辿っていくと、より面白く読めます。また、深尾須磨子という人は、32歳で夫を亡くしたことがきっかけで創作を始め、与謝野晶子に見出された詩人。女の人生を大らかに(しかし心は繊細に)歌った詩が魅力的です。(R)