酒場で出会った酔っ払いが家に転がり込み、そのまま居ついてしまった。「犬っころみたい」な目で見つめられると追い出すこともできず…。寄る辺なき者の願いが胸にせまるドストエフスキーの『正直な泥棒』。かつて結婚を考えた従兄は妹と結ばれた――。ふたりの家庭を訪ねた姉の静かな言葉、胸に畳まれた哀しみ(芥川龍之介『秋』)。高名な脚本家となった男に初恋の相手から手紙が届く。女性の決断が胸を打つプレヴォーの『田舎』。秘めた感情があふれる瞬間の物語。
ドストエフスキー Fyodor Dostoyevsky 1821-1881
19世紀ロシア文学を代表する作家。1846年の『貧しき人びと』が高く評価されるも空想的社会主義に関係して逮捕され、シベリアに流刑。その後はキリスト教に基づく思想小説の名作を執筆した。代表作に『罪と罰』『白痴』『カラマーゾフの兄弟』など。
芥川龍之介 あくたがわ・りゅうのすけ 1892-1927
東京・京橋生まれ。高校時代からの友人・久米正雄とともに夏目漱石の門下に入り、『鼻』が漱石に賞賛される。1927年に自ら命を絶つまでの短い活動期間に『羅生門』『蜘蛛の糸』など数多くの傑作短篇を残した。
プレヴォー Marcel Prevost 1862-1941
フランスの小説家。たばこ工場の技師をしていたが、作家を志して退職。若い女性の放埓な生活を描いた『半処女』が話題を呼び、以来、女性の心理描写に長けた作家として人気を集める。1908年、アカデミー・フランセーズの会員に。主な作品に『強き処女』『フランソワーズへの手紙』など。
『正直な泥棒』は、「何をおいてもドストエフスキー!」ということで、いわゆる短篇に該当するものはすべて編集部で検討したなかから選んだ作品です。執筆時期としては初期にあたる1848年に、もともとは「世慣れた男の話」というタイトルで発表されたものが大幅に改稿されました。ドストエフスキー作品に共通する、徹底的な貧しさと生きることの難しさ、過ち、そして苦悩。小さな人間たちを包み込んでいく大きな力が凝縮された、この短篇。ぜひお楽しみください。(S)