ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

客
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吉田健一『海坊主』
牧野信一『天狗洞食客記』
小島信夫『馬』


Illustration(c)Sumako Yasui

私が招いたのか?
異界からの来訪者たち

銀座の繁華街で出会った大男は、「人間は食べないよ」と言ってみやりと笑った。異界の者との滋味豊かな交流を描いた、吉田健一の「海坊主」。精神を病んだ私は知人の紹介で、風変わりな道場「天狗洞」の食客となった。珍妙な修行に耐える私の、夢と狂気に満ちた混沌世界(牧野信一『天狗洞食客記』)、妻・トキ子の家造りを傍観していた僕だが、馬小屋が建てられたところから状況が一変した。居場所を失い、翻弄される男の行き着く先は(小島信夫『馬』)。非日常から日常を照らし出した、奇想天外な三篇。

著者紹介

吉田健一 よしだ・けんいち 1912-1977
東京・千駄ヶ谷生まれ。父・吉田茂に伴い、幼少期に海外で教育を受け、ケンブリッジ大学に入学。英文学者、批評家、翻訳家として活躍する一方、随筆集『乞食王子』『甘酸っぱい味』や評論『英国の文学』『ヨオロッパの世紀末』、小説『金沢』などを発表した。

牧野信一 まきの・しんいち 1896-1936
神奈川・小田原生まれ。早稲田大学を卒業後、小説『爪』が島崎藤村に評価されて文壇デビュー。私小説や『ゼーロン』などの幻想的な作品で作家の地位を確立したが、神経衰弱により自死。代表作に『父を売る子』『村のストア派』『鬼涙村』など。

小島信夫 こじま・のぶお 1915-2006
岐阜市生まれ。1954年発表の『アメリカン・スクール』で芥川賞受賞。明治大学で教鞭をとりながら、『小銃』『抱擁家族』『私の作家評伝』『別れる理由』などを発表し、90歳をすぎても旺盛な創作意欲を示した。

編集者より

世の中に不思議なことなんてないのかもしれない―― そんな感覚に陥ってしまうのが本巻の「客」です。収録作品はいずれも、日常生活の中に現れたこの世ならざるものとの交流を描いた三篇。三作家三様の独特な世界観は一読すると癖になり、その冒険心に満ちた表現は、私たち読者を今までに感じたことのない境地へいざなってくれます。個人的なおすすめは、小島信夫の『馬』。妻の風変わりな家作りを傍観しているうちに、居場所を失い翻弄される夫の悲哀を描いた本作。作中に登場する「馬」「家」は一体何を現しているのか、自分なりに考えみると面白いかもしれません。(Y)