年老いた王の美しいひとり娘が、ある日、忽然と姿を消した――。伝説の地を舞台にくりひろげられる清らかな恋の物語(ノヴァーリス『アトランティス物語』)。秋の日に枯葉のささやきが教えてくれた天地をめぐる生命の話(ベッケル『枯葉』)。火山の噴火で埋もれたポンペイの遺跡を訪ねた青年オクタヴィヤンは、溶岩に美しい痕跡を遺した女性に二千年の時をこえて心を奪われていく(ゴーチエ『ポンペイ夜話』)。ロマンティシズムの詩想が誘う、もうひとつの心の宇宙。
ノヴァーリス Novalis 1772-1801
ドイツ・ハルツ地方の小さな貴族の家に生まれた。イェーナ大学在学中にシラーと出会う。フィヒテ哲学や自然科学の研究と共に運命の恋人ゾフィーと死別した体験が後にドイツロマン主義の精華とうたわれる『青い花』や『夜の讃歌』の土壌となった。
ベッケル Gustavo Adolfo Bécquer 1836-1870
スペインの国民的詩人・作家。詩人を夢みてマドリードに出るが、知人に預けていた詩が出版を目前に紛失。記憶をもとに復活させた手稿が死後、友人の手によって出版された。代表作は『抒情詩集』『スペイン伝説集』など。
ゴーチエ Théophile Gautier 1811-1872
フランスの小説家。南フランスに生まれ、3歳からパリに暮らす。ロマン主義文学の興隆期にユゴーと出会い、画家になる志を文学に転じ、劇評などで活躍。長篇『モーパン嬢』『キャピテン・フラカス』や幻想的な短篇小説で新境地を開き、ボードレールやワイルドらに影響を与えた。
まだそんな旅をしたことはありませんが、「詩的ロマンを満喫! ヨーロッパ文学周遊の旅」というようなツアー名をつけてみたい、と思わせるラインナップが今回の『巡』です。ドイツはノヴァーリス、スペインのベッケル、そしてフランスからゴーチエ。いずれの作家も言葉や表現というものに対して、まるで恋心のような熱い思いを持ち、詩のごとき美しい旋律と、幾重にも重なる山並みを思わせる情景を描ききっています。読み応え、というところでは、ゴーチエの『ポンペイ夜話』。遺跡を訪ねた青年がそこから世紀を超えて恋をする幻想的な作品ですが、古代へと舞台が移ったところで場面がいきなり鮮やかに浮き上がるところが私は好きです。作品の舞台を、いつか旅してみたいです。(S)