ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

膳
49
膳

矢田津世子『茶粥の記』ほか
藤沢桓夫『茶人』
上司小剣『鱧の皮』


Illustration(c)Sumako Yasui

この味、この匂い
なぜかあの人を思い出す

想像力で食べたこともない旨そうな食べ物の話をし、雑誌に記事まで書いていた夫。役所の戸籍係だった亡夫を「食べもの」で回想する矢田津世子の『茶粥の記』(ほか一篇)。一代で財をなした袋物問屋の隠居がはじめて客をまねいた珍妙な茶会(藤沢桓夫『茶人』)。商売は家の者に任せきりで、家出をしては金の無心ばかりしてくる夫。妻は苛立ち、家族の手前、恥ずかしくてならないが…。道頓堀の夜景ににじむ夫婦の情(上司小剣『鱧の皮』)。食べものがつなぐ思い出、味わいの四篇。

著者紹介

矢田津世子 やだ・つせこ 1907-1944
秋田に生まれ、9歳のとき一家で東京に移住。麹町高等女学校卒業後に「女人芸術」で活躍し、1936年、『神楽坂』が芥川賞候補に。文才と美貌に恵まれたが、37歳で死去した。代表作に『茶粥の記』『女心拾遺』など。

藤沢桓夫 ふじさわ・たけお 1904-1989
大阪府・備後町生まれ。旧制大阪高校在学中から同人誌に作品を発表、1925年の『首』で新感覚派の作家に認められた。東大入学してからプロレタリア文学に転向するが、体を壊して帰阪後は大衆作家として活躍した。作品に『新雪』『道頓堀の女』『大阪自叙伝』など。

上司小剣 かみつかさ・しょうけん 1874-1947
奈良市生まれ。本名は延貴。1897年に上京して読売新聞に入社。自然主義文学者や社会主義者と交流し、作家として活動をしながら編集局長まで務めたが、1916年からは名目のみの文芸部長として創作に専念した。代表作に『鱧の皮』『父の婚礼』『太政官』など。

編集者より

矢田津世子は、暮らしの中に生まれる心の機微やひたむきに生きる女性を清らかに描き出した作品を多く残している作家です。文壇きっての美人だった(坂口安吾が恋焦がれた人)という逸話でも知られていますが、幼少期を過ごした秋田への思い入れが深く、作品の中にしばしば秋田の風物を登場させ、モダンな作品に温かさ・泥臭さをあえて織り混ぜています。藤沢桓夫は大阪を拠点に執筆活動をおこない、大阪文壇の大御所として司馬遼太郎や織田作之助らに慕われた作家ですが、少年時代に上司小剣の作品に触れて感銘を受けたと後に語っています。「地域性」と「食」がもたらす豊かなイメージ、情緒を感じる巻です。(R)