ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

幻
39
幻

川端康成『白い満月』
ヴァージニア・ウルフ『壁の染み』
尾崎翠『途上にて』


Illustration(c)Sumako Yasui

死よりも遠くへ
万華鏡のような世界

「どうせ私なんかどうなったっていいんです」「死んだっていい人間は沢山あると思います」。温泉場の別荘に雇われた「お夏」は療養中の孤独な「私」に人間への共感を思い出させてくれる。死を予感する者との不思議な結縁を描いた川端康成の『白い満月』。ふと顔をあげると壁に見慣れぬ染みが――。ささいな視覚の刺激が解き放つ想像力の奔流(ヴァージニア・ウルフ『壁の染み』)。夜の散歩者が幻のような物語を回想する尾崎翠の『途上にて』。詩的な直感に満ちた幻視的世界。

著者紹介

川端康成 かわばた・やすなり 1899-1972
大阪生まれ。1924年に横光利一らと「文芸時代」を創刊、新感覚派と呼ばれて文学界の一大勢力となる。『伊豆の踊子』『山の音』『雪国』など日本人の心のエッセンスを伝える作品を多数残した。68年に日本人初のノーベル文学賞を受賞。

ヴァージニア・ウルフ Virginia Woolf 1882-1941
20世紀を代表するイギリスの女性作家、フェミニスト。文化人サークルの中心として多くの知識人と交流。「意識の流れ」の手法で小説に革新をもたらし、日記や評論も数多く残している。生涯に渡って神経症に悩まされ、1941年に自殺。代表作に『ダロウェイ夫人』『灯台へ』など。

尾崎 翠 おさき・みどり 1896-1971
鳥取県生まれ。代用教員時代に雑誌で入選の常連となる。上京して文学に専念、『第七官界彷徨』などで注目を集めたが、幻覚症状がはげしくなり帰郷。以後は文学から遠ざかった。他の作品に『アップルパイの午後』『こおろぎ嬢』など。

編集者より

川端康成はいうまでもなく、日本初のノーベル文学賞受賞者。何しろ知名度バツグンなので、たとえ作品には一度も接したことがなくても、その受賞理由が「日本人の心の精髄をすぐれた感受性をもって表現する叙述の巧みさ」であったことをご存じの方も少なくないでしょう。とはいえ、その文言から受け取った自分なりのイメージが固定観念となって肥大化していると、本巻収録の『白い満月』を読んで戸惑ってしまうかもしれません。しかし、大正の日本文壇に颯爽と登場してきたころの川端康成は、「新感覚派」と呼ばれたモダニズムの作家。前衛性や実験性もまた川端作品の魅力のひとつなのです。日英の幻視する女流モダニズム作家、ヴァージニア・ウルフ、尾崎翠の作品とともにお楽しみ下さい。(A)