ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

灰
35
灰

中島敦『かめれおん日記』
石川淳『明月珠』
島尾敏雄『アスファルトと蜘蛛の子ら』


Illustration(c)Sumako Yasui

燃えかすにあらず
灰燼に胎動する生命

「俺というものは、俺が考えている程、俺ではない。俺の代りに習慣や環境やが行動しているのだ」――。衰弱してゆくカメレオンをアパートで世話しながら、人間社会の現実と自己の乖離をみつめた中島敦の『かめれおん日記』。少女に教えを乞い自転車の練習をはじめた「わたし」。空襲にあっても深夜の月は皓々と車輪を照らす(石川淳『明月珠』)。敗戦の日の出来事をリアルな生命感覚で描いた島尾敏雄の『アスファルトと蜘蛛の子ら』。灰色の世界を突き抜けようとした人間の真摯さ。

著者紹介

中島敦 なかじま・あつし 1909-1942
東京・四谷生まれ。横浜高等女学校の教師を経て、1941年、南洋庁書記官としてパラオに赴任。42年に『山月記』『文字禍』で注目され、同年『光と風と夢』が芥川賞候補になるが喘息で死去。その他の作品に『弟子』『李陵』など。

石川淳 いしかわ・じゅん 1899-1987
東京・浅草生まれ。東京外国語学校卒業後、福岡高校の講師に。辞職後、1936年に『普賢』で芥川賞を受賞。戦後になると無頼派と呼ばれて活躍、晩年まで旺盛な創作活動をおこなった。代表作に『焼跡のイエス』『紫苑物語』『狂風記』など。

島尾敏雄 しまお・としお 1917-1986
横浜生まれ。1943年、九州大学を学徒出陣のため繰上げ卒業し、海軍に入隊。奄美群島に特攻隊隊長として赴任し、待機中に終戦を迎える。島での戦争体験から『出孤島記』『出発は遂に訪れず』などの作品が生まれた。妻ミホとの生活を綴った『死の棘』で読売文学賞、日本文学大賞を受賞。

編集者より

――全く、私、私、と、どれだけ私が、えらいんだ。
そんなに、しょっちゅう私のことを考えてるなんて。――
中島敦『かめれおん日記』より
中島敦は『山月記』『弟子』など格調高い、洗練された文体でよく知られていると思いますが、病のために32歳でこの世を去っており、その執筆人生はかなり短かったのだ、と年譜を読んで知り驚きました。と同時に、あんなにストイックな作品を書き上げる背景には、もっともっと書きたい、という強烈な思いがあったのだろうな、という気がして、なんだかものすごく切なくなりました。『かめれおん日記』は、教員時代の中島自身を投影したような作品で、「知識だけで中身がついていっていない自分ってダメだなあ~」と悩む主人公の様子は、ちょっとかわいらしくもあり共感がもてました。「灰」というと、一見どんよりした作品を集めた巻? と思われるかもしれませんが、石川淳の『明月珠』も島尾敏雄『アスファルトと蜘蛛の子ら』も、灰色の世界を打破するような、生命力を感じさせる一篇を収録しています。(R)