夜の静寂が村をつつむ頃、月の光が男たちの影を浮かび上がらせる――。貧しい土地に根を張る農家の暮らしぶりを素朴な小宇宙として写しとった『フィリップ一家の家風』(ルナアル)。公園のベンチで日を過ごす老人の一瞬を鮮やかに描いたリルケの『老人』。出征中に妻は不貞を犯したのではないか――疑念に囚われた夫の苦悩と家族が担った運命を描き、深い感動を呼ぶプラトーノフの『帰還』。庶民の人生に光射す瞬間、神々しいまでの生命の流露をとらえた三篇。
ルナアル Jules Renard 1864-1910
フランスの小説家、劇作家。父が村長をしていたフランス中部の村で育つ。パリで高校卒業後、文学の道に入り、1892年の『ねなしかずら』で作家として認められる。冬はパリ、夏は故郷の田舎で創作を続けた。代表作に『にんじん』『博物誌』など。
リルケ Rainer Maria Rilke 1875-1926
20世紀を代表するドイツ語詩人。プラハに生まれ、ドイツ、パリ、スイスなどヨーロッパ各地を転々とし、ヤコブセン、ロダン、ヴァレリーなどの影響を受けながら詩作を続けた。代表作に『マルテの手記』『ドゥイノの悲歌』など。
プラトーノフ Andrey Platonov 1899-1951
ロシアの作家。技師として働きながら、詩や評論を執筆。創作活動のピークにあった1930年当時は作品が批判されて発表の場を失ったが、後に再評価される。代表作の『チェヴェングール』『土台穴』などは80年代になってようやく発表された。
ルナアルと言えば「にんじん」「博物誌」だと思っていた。でも、『フィリップ一家の家風』を読んで、唸った。もう、「素晴らしい!」の一言。素朴な農夫の言葉が夜空の星座のように厳かにめぐり、胸にたたまれた喜びと悲しみが飾りのない言葉で編まれていく。読むほどに深まる滋味、読書の喜び満喫させてくれる名篇だ。リルケの『老人』の超絶描写にもほれぼれ。そしてプラトーノフの『帰還』! ロシアにこんな作家がいたのか……胸がつまる。文章を隅々まで味わい、再読の喜びを知る人にとってはオススメの一冊。(N)