ポプラ社 百年文庫

名短篇の本棚です

全巻ラインナップ

灯
31
灯

夏目漱石『琴のそら音』
ラフカディオ・ハーン『きみ子』 
正岡子規『熊手と提灯』ほか


Illustration(c)Sumako Yasui

路地に灯火がともる
懐かしいあの頃の思い出

結婚を控えた男が友人と語りあううち、風邪で寝込む許婚者の容態が気になり始める。春の冷たい雨の中、家へと急ぐ男の不安は果てなく広がり……(夏目漱石『琴のそら音』)。芸者街から忽然と姿を消した名妓「きみ子」。激動の維新期に覚悟をもって生き抜いた女性の潔い愛の物語(ラフカディオ・ハーン『きみ子』)。初冬の月夜、人力車にのって坂をくだる病の子規が、人波とまばゆい明かりをつきぬけていく美しい瞬間(正岡子規『飯待つ間』ほか三篇)。情趣深き文章世界。

著者紹介

夏目漱石 なつめ・そうせき 1867-1916
江戸・牛込生まれ。本名は金之助。大学卒業後、教師生活や英国留学を経て、1905年に『吾輩は猫である』を発表。07年、東京朝日新聞社入社後は、小説はすべて朝日新聞に掲載された。作品に『三四郎』『それから』『こころ』など。

ラフカディオ・ハーン Lafcadio Hearn 1850-1904
ギリシャ生まれの作家、批評家。イギリスで育ち、19歳でアメリカに渡る。新聞記者として長年活躍した後、1890年に来日、96年に帰化して小泉八雲に改名。その著作を通じて日本を世界に紹介した。代表作に『心』『骨董』『怪談』など。

正岡子規 まさおか・しき 1867-1902
伊予・松山生まれ。本名は常規(つねのり)。新聞「日本」や俳誌「ホトトギス」を舞台に、俳句や短歌の革新をおこなって、多くの俳人・歌人に影響を与えた。評論や随筆でもすぐれた作品を残している。代表作に『墨汁一滴』『病牀六尺』など。

編集者より

『きみ子』の出典元となっているラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の『心』は、小説、随筆、論文をとりまぜて収録するという変わった構成になっていて、ハーンはその冒頭で「この一巻を構成している諸篇は、日本の外面生活よりも、むしろ、内面生活を扱っている。そういうわけで、これらの諸篇は、『心』という表題のもとに集められたわけである」と記しています。小説の割合は少ないものの、『きみ子』のほかにも『あみだ寺の比丘尼』と『ハル』いう、いずれも女性を主人公にした味わい深い作品が収められている1冊。ちなみに、本巻の夏目漱石、ハーン、正岡子規は同時代の日本を活動の場としており、漱石と子規はよく知られているように、学生時代からの友人同士です。またハーンと漱石は、ともに熊本の第五高等学校と東京帝国大学で教鞭をとっていて、『心』が出版された1896年にそれぞれ東京帝大と五高に着任し、ハーンが1906年に帝大を退職した際に後任として招かれたのが漱石、という関係でした。(A)