不器用で手にするものは何でも駄目にしてしまう兄。家族から冷ややかな目でみられる彼を弟の「私」も馬鹿にしていたのだが…。雪の夜の悲劇が「私」の胸に刻んだ愛のかたち(ギャスケル『異父兄弟』)。荒涼とした海辺の寒村に流れついた流刑者たちの人生が交錯するパヴェーゼの『流刑地』。維新期に数奇な運命をたどった三兄弟の顛末記(中山義秀『碑』)。居場所を失った人間はどこへ向かうのか――過酷な境遇を生き抜いた人々が、人生の最果てにみた景色。
ギャスケル Elizabeth Gaskell 1810-1865
イギリスの女性作家。1歳で母を亡くし、伯母に引き取られる。1832年に牧師と結婚、堅実な家庭を築くが、息子の死をきっかけに執筆を開始。ディケンズ、サッカレーなどとも交流した。代表作に『メアリー・バートン』『女だけの町』など。
パヴェーゼ Cesare Pavese 1908-1950
イタリアの詩人、作家。アメリカ文学から影響を受け、翻訳も手がける。反ファシズム活動で1935年に逮捕された後、40年代に作家としての地位を確立したが、50年にトリノのホテルで服毒自殺を遂げた。代表作に『浜辺』『美しい夏』『月とかがり火』など。
中山義秀 なかやま・ぎしゅう 1900-1969
福島県生まれ。早稲田大学時代に横光利一らと同人誌「塔」を創刊。その後、三重や千葉で教師をしながら創作に励み、1938年『厚物咲』で芥川賞を受賞。戦後は主に時代小説で活躍した。他の作品に『碑』『テニヤンの末日』『咲庵』など。
ギャスケル、パヴェーゼ、中山義秀という、百年文庫以外ではまずお目にかかれないような組み合わせです。『碑』は、『厚物咲』で芥川賞を受賞した中山義秀が文壇での地位を確立した作品で、主人公の武士兄弟、斑石高範と茂二郎は、作者義秀の祖父がモデルになっています。どちらが祖父? というと、実はどちらもそうなのです! 義秀の父は次男の子として生まれ、その後長男の養子になりました。つまり、長男のほうは戸籍上の祖父で、実際に血が繋がっているのは次男のほうというわけ。この物語は、実話がもとになっているとはいえ、あくまで小説ですから、創作されている部分もあります。『故里の土』という別の作品では物語の一部が実録として描かれていますので、『碑』が気に入った方はそちらもお読みなってみてはいかがでしょうか。(A)