太陽堂釣具店主人の鑑定によると、私の白毛はテグス糸の四毛ぐらいの太さである――そんな私が渓流釣りの青年たちに味わわされた腹立ちやまぬ珍事件(井伏鱒二『白毛』)。見事な釣竿に目がくらみ拝んで手にしたはよいのだが…江戸の怖い話(幸田露伴『幻談』)。互いに家族を抱え生活に追われながら、将棋を指し、釣りに興じと交友を温めてきた日々。男たちのさりげない友情が胸にしみる上林暁『二閑人交游図』。含羞とユーモア、水面にうつる滋味豊かな人間模様。
井伏鱒二 いぶせ・ますじ 1898-1993
広島県生まれ。本名は満寿二。1929年に『山椒魚』で認められ、37年の『ジョン万次郎漂流記』で直木賞を受賞。飄々としたユーモアの中に鋭い観察眼が光る文章で、多くの読者に愛された。代表作に『多甚古村』『黒い雨』など。
幸田露伴 こうだ・ろはん 1867-1947
江戸・下谷生まれ。本名は成行。電信修技学校を出て、電信技手として北海道に赴くが、坪内逍遥の『小説神髄』に影響されて文学を志す。1889年のデビュー作『露団々』以降、小説、史伝、随筆、評論など幅広い分野で活躍。代表作に『五重塔』『運命』『蒲生氏郷』など。
上林暁 かんばやし・あかつき 1902-1980
高知県生まれ。本名徳廣巌城(いわき)。東大学卒業後、改造社に入社。1932年発表の『薔薇盗人』が認められて作家生活に入る。一連の病妻もので知られる私小説作家で『晩春日記』『聖ヨハネ病院にて』『白い屋形船』など作品のほとんどすべてが短篇だった。
釣りをテーマにした洒落っ気のある三篇。日常に追われながらも、休みの日は釣りにでかける、そんな余裕のある生活には憧れを感じます。「魚にばかりこだわっているのは、所謂二才客です。」(幸田露伴『幻談』)という言葉にはっとさせられたり。(Y)