老いて静かな日々を慈しむ「たか子」は、かつて身を投げるような恋をした。若き日に思いかよわせた二人が深い尊敬の念を抱いて再会する『白梅の女』(円地文子)。山間の城下町に生涯を閉じようとしているウメは思い立って旅に出る。長年心に封じていた願いが堰を切る鮮やかな一瞬(島村利正『仙酔島』)。古墳から出土した伝説の硝子器を訪ねる旅に亡き妹への愛惜を織り込んだ井上靖の『玉碗記』。可憐な花、青い波、晩秋の雨――季節の移ろいと歳月の気品が香る三篇。
円地文子 えんち・ふみこ 1905-1986
東京・浅草生まれ。国語学者、上田萬年の次女。家族の影響で、幼い頃から歌舞伎や浄瑠璃に親しむ。『女坂』で野間文芸賞、『朱を奪うもの』『傷ある翼』『虹と修羅』の三部作で谷崎潤一郎賞、『遊魂』で日本文学大賞を受賞。
島村利正 しまむら・としまさ 1912-1981
長野県生まれ。家業から逃れるために14歳で家出して奈良へ。志賀直哉、武者小路実篤、瀧井孝作の知遇を得る。1940年『高麗人』で芥川賞候補となる。代表作に『暁雲』『残菊抄』『青い沼』など。
井上靖 いのうえ・やすし 1907-1991
北海道旭川市生まれ。京都大学卒業後、毎日新聞社に入社。戦後になって、多くの小説を発表し、1950年『闘牛』で芥川賞を受賞。『天平の甍』『風濤』『孔子』などの歴史小説で高い評価を得、文化勲章受章。
三篇を読み終わったとき、苦いものが残りました。自分が人生の折り返し地点にたったとき、『白梅の女』の登勢のように、かつて好きだった人とこんな風に接することができたら素敵だな、と思います。『白梅の女』『仙酔島』はともに、団塊の世代の方には、共鳴できる作品なのではないでしょうか。『玉碗記』では、遥かな歴史ロマンに思いを馳せることができます。(Y)