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   星とわたし

  「チロっ、チロじゃあないか……」


「ふーっ」
 腰のあたりまで深々とふりつもった雪の山道に立ちどまって、わたしは肩で大きく息をつきました。
 そして、「このぶんじゃ天文台まで、まだたっぷり五十分はかかってしまうだろうな……」と、ひたいのアセをぬぐいながらつぶやきました。
 わたしの前にひろがるさらの雪面は、東の空にのぼった満月の光に青白く照らしだされ、枯木立の長いシルエットがいくすじもの淡い灰色の横じま模様となってうつっています。
 この冬の雪ゆりはほんとうにあきれるほどのものでした。昨日の夜なんか、だったひと晩で五十センチもの新雪がふりつもってしまったほどです。おかげで、通いなれた天文台の山道も、吹きだまりではゆうに人の背丈をこえるほどの雪におおわれてしまっているのです。ふだんの冬ならせいぜい五十センチもつもれば大雪ということあたりにしてみれば、これはたしかに異常な大雪といっていいほどのものです。
「ま、たまにはこんな冬もあるだろうさ……」
 あきらめ顔でもう一度ひたいのアセをぬぐうと、わたしはふたたび深い雪の中へ足をふみいれ、一歩一歩ざっくざっく山道をのぼりはじめました。
 満月の夜は、明るすぎる月の光にのみこまれて、暗い星はみな影をひそめてしまっています。ですから、こんな満月の夜に天体観測のために天文台へでかけることなど、ふつうならまずありません。
 しかし、この日にかぎってどうしても急いで調べたい観測資料が天文台にあって、それを取りにむりは承知で雪ふかい夜の山道を天文台へむかっているところだったのです。
 通いなれた天文台への夜の山道での道づれは、いつも夜空に輝くたくさんの星たちです。星たちとにぎやかなおしゃべりをしながらのぼるのですから、暗い山道もちっともこわくもさみしくもありません。
 今夜も明るい月の光にのみこまれなかった青白い明るい星が、たったひとつ枯木立ごしに、わたしと一緒についてきてくれていました。おおいぬ座の一等星シリウスです。シリウスは全天で一番明るい星で、中国では天狼とよばれている星です。そのするどい輝きが森の奥で光る青白い狼の目を連想させるからでしょう。でも星好きのわたしにとって今夜のシリウスの輝きは、こんなに明るい月の光にもまけず、一人歩きのわたしをなぐさめ見まもってくれる、あの心やさしかったチロの目のように思えるのでした。
(続)