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序奏 春休み

 試験は嫌いだ、大嫌い。大学受験さえ終われば、そういった重荷から解放されると思っていたのに―――。

 3、40人ほどの学生がいる教室は、しんと静まり返り、みんな机に向かって一心にシャーペンを走らせていた。誰かが咳をする音や、シャーペンをかちかちと鳴らす音が時折、聞こえる。時計の長針がかちりと動いた。
「はい、そこまで」
 眼鏡をかけた、白髪交じりの教授の声とともに、みんなシャーペンを置いた。そして自身の答案を次々と後ろから前に渡していく。私は回ってきた後ろの人の答案をぱっと見て、自分のものと比較した。自分が書けなかった問の答えを見て、「あー、それか」と心の中で舌打ちする。
 ようやく期末試験から解放されたことと、明日から春休みということが重なり、誰も彼も気が抜けたような顔をしていた。私も風船が萎むように、ふぅー、と長い息を吐いてがくっと首を垂れた。試験が終わってくれたのは結構なことだが、別に春休みは楽しみではなかった。明日から何をして時間を潰すか、そのことばかり頭が行く。
 答案を回収し終わった教授は教壇に手を突いた。「はい、これで今期の『建築工学序論』の授業はお終いです。君達も来年度からは二回生になり、本格的に建築に関する授業が始まります。キャンパスも豊中から吹田に移るので、環境は大きく変わりますが、今後も更に勉学に励んでください。いずれまた、授業で会うこともあるでしょう。では」
 そう言うと教授は答案の束を小脇に抱えて、さっさと教室から出て行った。
 教授が退出するや、学生たちは万歳して顔を寄せ合う。テストのことなどもう忘れてしまったように、彼らの話題は明日からの日々をどのように面白おかしくするかということに集中している。中には、「明日からヨーロッパだよお、金ないのに」なんて愚にもつかない自慢を吹いている輩までいる。
 まったく、みっともない。なにがヨーロッパだこの野郎。西洋かぶれめ。スペイン村かイングランドの丘にでも行ってやがれ。
 馬鹿馬鹿しい事この上ないではないか。春休みくらいではしゃぎやがって。
 私は鞄を肩にかけて立ち上がった。そして和気藹々と歓談する彼らを横目に、一人、誰に気づかれるということも無く、教室から出た。
 とぼとぼと、下宿に帰る。
 (続)